第163話 窓に!

 丈二たちがお化け屋敷でクラーケンに驚いていたころ、同じお化け屋敷から牛巻たちが飛び出してきた。


「助かったー!!」

「はぅぅ、本物のお化け屋敷……恐ろしかったです……」


 プルプルと震えるラスク。その胸元が、不自然にもぞもぞ動くとシャツの襟からごましおの頭が飛び出した。


「みぃぃ‼︎」


 まるで『僕は怖くなかった‼︎』と主張するように、大きな声でごましおは鳴いた。

 しかし、お化け屋敷から出るまでラスクの服の中で震えていたのは、もはや誤魔化しようがない事実である。


 そんな強がっていたごましおを太陽から隠すように、ラスクたちが大きな影に覆われた。


「み⁉︎」


 まだお化け屋敷の緊張が残っていたごましお。怖いものが襲ってきたと勘違いをして、再びラスクのシャツに顔を引っ込めた。

 何事かと牛巻たちが振り向くと、そこに居たのは大きな毛玉。ぜんざいである。

 すぐ隣には、ぷるんと体を震わせる寒天も佇んでいた。


「あれ、ぜんざいさんたちだけ……もしかして、先輩はちょうどお化け屋敷に入ったところですか?」

「ぼふ」


 肯定するようにぜんざいが鳴いた。


「ちょうど入れ違いになったんですね」


 牛巻が理解していると、遠くから走り寄ってくる人影が見えた。

 近寄るにつれて分かったが、それは丈二たちを迎えてくれたモングリアの社長――中鼠だ。

 何事かと牛巻きたちが首を傾げていると、息を切らした中鼠がぜんざいの隣に駆け寄った。


「も、申し訳ありません。牧瀬様は……いらっしゃいますか⁉︎」


 ハァハァと過呼吸になりながらも中鼠は叫ぶ。

 尋常ではない様子だ。


「牧瀬はお化け屋敷に入っていますけど……なにかトラブルですか?」

「そ、それが……」


 中鼠は震える手でポケットからスマホを取り出した。

 顔を真っ青にしている。手が震えているのは、疲れからだけではないようだ。


「ご存知でしょうが、このときわ市は多くのダンジョンが発生している世界有数のダンジョン都市です。このモングリアの近くにもダンジョンがあるのですが……そこの警備員から連絡が入ったのです」


 中鼠がスマホを操作すると、スピーカーから声が流れ始めた。

 どうやら通話を録音した物らしい。


『こちら――ダンジョン警備室です!! ダンジョン内のモ――ターが突如として凶暴化を始め――た! 現在、モンスターたちは出口に――このままでは外のゲートも破られます! そちらも観――避難を……あ、なんだ、あの化け物は……ああ、窓に。窓に!!』


 ぶつり。

 スマホから流れていた録音が止まる。

 音声は飛び飛びとなった音声はなんとも聞き取りずらかったが、警備員の言いたいことはよく伝わった。


 どうやら、モンスターが凶暴化してダンジョンの外へと流れ出ようとしているらしい。

 そして通話の終了間近には警備員がパニックを起こしていた。

 普段からダンジョンを見守っているはずの警備員ですら錯乱するような『化け物』が出現しているようだ。


「ああ、せっかく牧瀬様たちの配信が盛り上がっているのに、こんな事故が起こってしまっては集客は見込めません」


 青い顔をした中鼠は、がっくりと肩を落とした。

 しかし、すぐにパチンと自身の頬を叩くと顔を上げた。


「いえ、それよりも今は避難です。モングリアにはこのような事態を見越してシェルターが建設されています。すぐにスタッフが来ますので、ココに居る皆様も案内に従い避難をお願いします」


 中鼠はそう言って、お化け屋敷へと入って行った。

 自ら丈二たちを迎えに行ったのだろう。

 牛巻は混乱しながらも状況を整理しようとする。


「と、とりあえずスタッフさんを待って――」

「がう!!」

「え、ぜんざいさん!?」

 

 しかし、突如としてぜんざいが走り出す。

 牛巻にはぜんざいが何と言ったのかは分からないが、ラスクがすぐに翻訳してくれた。


「ぜんざいさん、ダンジョンに行くって言ってました……」

「え、一人で行っちゃったの?」


 ぷるん。

 残された寒天は体を震わせると形を変えた。

 背中に座席を作り出し、お腹の方には四輪のタイヤ。まるでスライム型のゴーカートのように変形した。

 ぱかりと座席へと続く扉が開く。乗れという事だろう。


「避難しないとだめだけど、ぜんざいさんも放っておけないし……追いかけよっか!」

「は、はい」


 牛巻とラスクが席に座ると、寒天カートは勢いよく走り出した。

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