第159話 猫耳

「――というわけで、本日はモングリアさんにお邪魔しています」

「遊園地にゃあ!!」


 丈二の目線の先に、いつもの球体カメラがふわふわと浮かんでいる。

 現在は生放送中。

 球体の上に浮かんだ半透明の画面には、配信画面が映っている。


『遊園地inジョージ一行』

『モングリア懐かしいなぁ。子供のころに行ってたわ』

『行ったこと無いから楽しみ!!』


 遊園地配信という事もあってか、いつもよりコメント欄が盛り上がっている気がする。


「とりあえず、見て回ってみましょうか」

「レッツゴーにゃ!」

「ぐるぅ!!」

「ぴぃ!!」


 サブレは掛け声を上げると、はしゃいだように走り出す。それをおはぎときなこが追いかけた。

 なんとも元気な子供たちである――若干一名は子供と呼べない年齢なのだが。

 その後ろを丈二とぜんざいに寒天がのんびりと歩く。


『サブレのテンション高すぎwww』

『まぁ、初めての遊園地だからねw』

『転ばないでね!』


 牛巻やラスク、その他犬猫族たちは自由に遊園地を見て回っている。

 ごましおはラスクたちに預けて子守をしてもらっている。

 ごましおが自由に動き周るせいで、連れて歩きながら配信をするのは不可能という判断からだ。


「お、良いものが売ってますにゃ!!」

「ぐるぅ?」


 サブレが駆け寄ったのは、移動式のグッズ販売店だ。

 木造のオシャレなワゴンに商品が並べられている。

 売っているのはカチューシャなどの被り物。どうやらモンスターをテーマとした物らしい。


 サブレがカチューシャを手に取る。

 自身の頭に付けようとするが、大きすぎるらしい。

 カチューシャの輪が頭を通り抜けて顔を囲んでしまう。


「うにゃ。これは無理ですにゃ……あ、こっちなら付けられますにゃ!」


 次にサブレが手に取ったのはドラゴンの頭を模した帽子だ。

 ドラゴンと言っても、デフォルメされた可愛いヤツである。

 どうやら、小さい子供用の被り物らしい。サブレでもしっかりと被ることができる。


「サブレドラゴンにゃ!」

「ぐるぅ?」


 サブレは頭を下げて、ドラゴン帽子の鼻をおはぎの鼻に近づける。

 猫の挨拶のようだ。

 もっとも、おはぎは『何やってるの?』と不思議そうに首をかしげている。サブレの冗談は通じていないらしい。


『サブレドラゴンは草』

『本物の前でコスプレするのかwww』

『おはぎちゃんたちも何か付けて欲しい!!』

『おはぎは何耳が似合うかな?』


 おはぎたちにも付けて欲しいというコメントが流れていた。

 どうせなら自分で選んでもらおうと、丈二はおはぎを抱き上げる。


「おはぎもどれか着けるか?」

「ぐるぅ……」


 真剣な眼差しで帽子を見つめるおはぎ。

 ワゴンを一通り眺めると、短い手をちょいちょいと動かした。

 決めた帽子を指しているらしい。


「ぜんざいさんっぽい色合いの犬耳か」


 選んだ帽子を被せると、おはぎの角が隠れて犬耳が生えた。

 パッと見は本物の犬にそっくりだ。


「うん。よく似合ってるぞ」

「ぐるぅ♪」


 サブレは犬耳にご満悦。

 ワゴンに付けられた鏡で自身の姿を確認して、嬉しそうにしていた。


「ぴぃ!!」


 そうなると、きなこも欲しくなったらしい。

 ぴぃぴぃと鳴きながら丈二の足元を駆けまわる。

 自分にも頂戴との催促だろう。


「はいはい。きなこはどれにするんだ?」

「ぴぃ!」  


 きなこが選んだのは、黒いタコ足がうにょうにょとした帽子だ。

 本当にこれが良いのだろうか。

 丈二は首をかしげるが、当のきなこがそれを見詰めているので仕方がない。


「……それじゃあ、付けてみるか」

「ぴぃ!」


 タコ足帽子をきなこに付ける。

 タコ足は頭頂部から伸びているため、きなこに被せると頭からタコ足を生やした謎の球体が出来上がった。

 なんともシュールな見た目だが、きなこは気に入ってるらしい。

 ビシっとキメ顔をしている。


『丸い体に頭から伸びた触手……これってビ〇ルダー?』

『その名前を言ってはいけない』

『土下座するかwww』


 見た目はともかく、おはぎたちのコスプレは完了である。

 次はドコへ行くかと丈二が辺りを見回そうとすると、服の裾が引っ張られた。

 サブレである。


「どうして、次に行こうとしてるにゃ。丈二さんも被るのにゃ!!」

「え、俺も⁉」


 丈二はギョッと声を上げる。

 いい年したおっさんが遊園地で被り物をするのはきつい。

 しかも、それを配信して全国に晒すなんて黒歴史である。


「いやいや、俺は良いから!! おっさんが耳カチューシャ付けるのはきついって!」

「諦めるにゃ……面白さの前に、配信者の人権は無いのにゃ!!」

「ぐわぁぁぁ!?」


 カチューシャを掴んで飛び掛かって来るサブレ。

 丈二の頭に張り付き視界を奪うと、カチューシャを取り付けた。

 この間、数秒の早業である。


『猫耳カチューシャで草www』

『似合ってるぞジョージwww』


 丈二はワゴンの鏡を見る。

 丈二の頭に付けられたのは、黒い猫耳のカチューシャ。

 おっさんが付けるには、なんともキツイ代物である。

 自身の醜態を見た丈二は、ガクリと膝を崩した。


「もうお嫁に行けない……」

「安心するにゃ。責任は取るにゃ」

「ぐるぅ……」


 落ち込んだ丈二の膝を、おはぎとサブレが励ますように叩いた。

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