第157話 遠足

 とある日の早朝。夏の朝日が昇りだした五時ごろ。

 丈二家の前はガヤガヤと騒がしかった。


「さぁ、どんどん乗ってくれー」


 丈二家の前に停まっているのは一台のバス。学生が遠足などで使うような貸し切りバスだ。

 丈二の案内のもと、並んだ犬猫族たちがバスに乗り込んで行く。

 その列が途切れると、丈二家の前でクーヘンがびしりと敬礼をした。


「行ってらっしゃいませ。留守はお任せください」

「よろしくな。夜には帰ってくる予定だから」

「分かりました」


 クーヘンに手を振って、丈二はバスに乗り込む。

 丈二は運転手に軽く挨拶を終えた後、一番前の席に座った。

 隣には、ちょこんとおはぎも座っている。


 ゆっくりとバスが走り出す。

 それと同時に最後尾の席でサブレが騒ぎ出した。


「よーし、人狼ゲームをやるにゃ!!」


 そう叫んで、サブレはカードを取り出した。

 なんとも準備の良いことである。

 そもそも、犬猫たちが人狼ゲームをするのはなんともシュールな光景だ。

 サブレもそれは理解しているのか、抜かりなくカメラを回しているらしい。後日、牛巻に編集してもらって投稿するつもりなのだろう。


「ラスクちゃんは遊園地は初めて?」

「は、はい。とっても楽しみです!」


 通路を挟んで反対側の席では、牛巻とラスクがパンフレットを広げていた。

 パンフレットの表紙には『MONGLIAモングリア』と書かれている。おそらく、モンスターとシャングリラの造語なのだろう。

 そこが丈二たちが目的地としている遊園地だ。


 先日、丈二たちの元にやって来たギルドの役人。

 彼女が来た時に、丈二はサブレたちを連れてお化け屋敷に行きたいと相談していた。

 結果として仲介をしてくれたのが、モングリアだ。


 モングリアがあるのは都心から三時間ほどに位置する『ときわ市』だ。

 ときわ市は日本で初めてダンジョンが出現した場所でもあり、それ以降もポコポコとダンジョンが出現し続けているダンジョン都市だ。

 ダンジョンの恩恵によって経済が活性化し大きく街が発展したらしい。モングリアもその波に乗って行政が作ったハコモノだ。


 モングリアも賑わっていたらしいが、十年前に起きた『大規模魔獣災害』によってときわ市は激変。

 ダンジョンから溢れだしたモンスターによって街は壊滅的なダメージを負い、市民にモンスターへの不安感が広がったことから人口は激減。

 当然ながらモングリアへの来園客も激減し、現在では負の遺産となっているらしい。


(まぁ、経営が困ってるから俺たちが招待されたんだろうけど……)


 丈二たちはモングリアに招待されている。

 今回のバスを手配してくれたのもモングリア側だ。

 代わりに、丈二たちはモングリアで配信をして施設の宣伝をすることになっている。

 もともと、モングリアはモンスターをテーマにした遊園地だから都合が良いのだろう。

 配信後からはグッズ販売もする予定だ。

 ちなみに、今回の宣伝が上手くいかなければ廃園も視野に入っているらしい。なんとも責任重大である。


「なんか、今から胃が痛くなってきたな……」

「よーし、オヤツも食べちゃうにゃぁ!!」


 心労から丈二の胃にダメージが入っている一方で、後方ではサブレたちが無邪気に楽しんでいた。

 どうやら、持ってきていたオヤツを食べるらしい。

 サブレが持ち込んでいたリュックを開く。


「――うにゃ!? なんか居るにゃあ!?」

「みぃ!」


 サブレがリュックを開くと、飛び出してきたのはごましおだ。

 ぴょん! 勢いよく飛び出すと、サブレの頭を踏んずけて逃げ出した。

 バスの通路を走り抜け、丈二の膝へと飛び乗った。


「お前、付いてきちゃったのか!?」

「みぃ!」


 モングリアにごましおを連れて行く予定は無かったのだが……サブレのリュックに忍び込んでいたらしい。


「うにゃあ!? ボクのおやつが荒らされてるにゃあ!?」


 どうやら、サブレのおやつは悲惨な状況らしい。

 おやつを堪能していたらしいごましおは、満足そうにぺろりと口を舐めていた。


「もう家からは離れちゃったし……仕方がない。連れて行くか」


 今から丈二家に戻ってごましおを預けていては時間がかかる。

 丈二はため息をついて、ごましおをおはぎの隣に置いた。

 お腹が一杯になって眠くなったのか、ごましおは丸くなって目をつむる。

 おはぎも横たわり、二匹は仲良く寝息を立てていた。


 一方で、後方からは怨嗟の叫びが響いていた。


「ボクのおやつがぁー!!」

(パーキングエリアで何か買ってあげるか……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る