第156話 ごま塩

「あ、こら! カーテンに登るな!」

「みぃー‼︎」


 丈二家の居間にかけられたカーテンで、猫又がクライミングをしていた。

 爪でガリガリと登られてはカーテンが痛むのだが、猫又に悪いことをしている自覚はないらしい。

 『こんな所まで登れるんだぞ!』とばかりにドヤ顔である。


 猫又は先日の畑荒らしで味をしめたらしく、子猫の飼育部屋から抜け出すことが多くなっていた。

 どうやら丈二のことが気に入ったらしく、部屋から抜け出しては丈二の周りをウロチョロしている。


「まったく、お前はイタズラばっかりするな……」


 丈二は猫又の首根っこを掴む。

 カーテンからひきはがそうとしたのだが、爪が引っかかって外れない。

 仕方がないので、一本ずつカーテンから取り外す。


 最近は丈二の周りをうろついている猫又。

 しかし、猫又はおはぎや、きなこのように良い子とは言えない。

 ケーブルを噛みちぎろうとするので、牛巻の編集部屋では出禁をくらっているほどだ。


 丈二は猫又をカーテンから剥がすと、床から見上げているおはぎの前に置いた。


「ごめんな、おはぎ。また猫又の面倒を見てくれないか?」

「ぐるぅ!」

「みぃ!」


 遊んでもらえると理解した猫又はおはぎに飛びかかる。どうやら、プロレスごっこがしたいらしい。

 しかし、猫又はまだまだ子猫。おはぎの方が大きく力も強い。

 おはぎによって簡単に転がされ、上から押さえつけられる。もはや猫又にはどうしようもない。

 そのままペロペロと毛繕いをされていた。


「みぃー」


 猫又は不服そうだが、ああして上下関係を教えられるのも大事なことだろう。

 その調子で少しだけ大人しくなってもらえると丈二としては嬉しい。

 元気なのは良いことなのだが、それにしても猫又は元気すぎる。

 体力の衰えを感じているおっさんでは、相手をするのに大変すぎるほどだ。


「あ、今日も猫又ちゃん来てるんですね」


 丈二が老いをうれいていると、家の奥からラスクが出てきた。

 おはぎの意識がラスクに向いた一瞬の隙をついて、猫又はおはぎの下から抜け出す。

 ダダダダダ‼︎ そのまま勢い良く走り出すと、ラスクの後ろへと隠れた。

 おはぎに捕まらないための戦略的撤退だ。


「わぁー今日も元気ですね——よいしょっ」


 ラスクは腰を屈めて、猫又を抱き上げる。

 猫又は抵抗する様子もなくラスクを見上げていた。なぜか不思議そうにキョトンとしている。

 慣れない人に抱かれた赤ちゃんのような反応だ。


「そういえば猫又ちゃんには名前を付けないんですか?」

「そうだなぁ……」


 猫又を含めて、生まれた子猫たちに名前は付けていない。

 基本的には色や特徴で呼んでいる状態だ。

 おはぎダンジョンにやって来た猫たちも同じように呼んでいるためだ。

 しかし、猫又は普通の猫と違ってモンスター寄りだ。もしかすると、今後はダンジョンに連れて行く可能性もある。

 せっかくなら名前を付けておいてもいいのかもしれない。


「……『ごましお』にするか」


 猫又は母猫と同じサバトラ柄の猫だ。白と黒のサバトラ模様はごま塩に似ている。


「良いと思います。良かったね。ごましおちゃん」


 牛巻が居れば『また食べ物の名前ですか⁉︎』と突っ込んでいたかもしれないが、あいにくラスクはツッコミ技術など教わっていない。


 ラスクは腕に抱いたごましおを、こちょこちょとくすぐる。

 ごましおはくすぐったそうに身をよじっていた。

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