第146話 母猫の迫力

 湖の様子を見終わった後。

 丈二たちは猫族たちの宿舎へと向かった。

 後ろに続くラスクが首をかしげる。


「こっちには何があるんですか?」

「子猫たちの部屋があるんだ。みんな元気一杯で母猫も大変そうだから、たまに来て様子を見てるんだ」

「あ、子猫ちゃん達ですか? 動画で見てました!」


 ラスクは顔を緩めると、ソワソワとし始めた。


(狐のモンスターでも子猫は可愛いものなのか?)


 いや、犬が子猫を可愛がることだってある。

 幼い命を愛おしく思うことに、種族は関係ないのかもしれない。


 丈二が子猫部屋への扉を開けると、バタバタと騒がしくなった。

 部屋で散り散りになっていた子猫たちが一目散に丈二に向かって走り寄って来る。


「わ、可愛いです――ぴぇ!? なんで逃げるんですか⁉」


 しかし、子猫たちはラスクを見つけると蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「知らない人が来て警戒してるみたいだな」

「な、なんだか睨まれてます……」


 キャットタワーの上から、母猫がラスクを睨みつけていた。

 鋭い目から強い圧が感じられる。


「そんなに警戒しないであげてくれ、悪い奴じゃないから」

「うにゃん」


 丈二が頭を撫でると、母猫の圧が弱まる。

 バッグからカリカリタイプのおやつを差し出すと、ラスクからは興味もなくしたようだ。


 母猫の警戒が解かれたからか、子猫たちがピィピィと鳴きながら飛び出してくる。

 ラスクの周りに集まると興味津々に見上げていた。


「わぁ、やっぱり可愛いです!」


 ラスクは正座をすると、一匹の子猫を撫でた。子猫は気持ちよさそうに目を細めている。

 すると他の子猫たちもラスクの手に群がりだした。なにか食べ物でも貰えると思ったのかもしれない。


「にゃあ!」

「わ、猫又ちゃんです……あ、ちょっと待って、服に上ってこないでください!?」


 ラスクの前に飛び出してきた猫又。

 猫又はオヤツを寄こせとばかりにラスクの体をよじ登り始める。

 丈二で何度も練習しているためクライミングはお手の物だ。


 他の子猫たちも『猫又に続けー!』とばかりにラスクの膝を占拠し始めた。

 あれはミルクの一つでも貰わなければ退かない構えだろう。

 ミルクテロリストたちの常とう手段だ。


「あわわ……丈二さん助けてください……」

「はいはい。今からミルクを用意するからしばらくは耐えてくれ」

「早めにお願いします……私の足がしびれちゃう前に……」


 丈二は子猫たちを満足させるために、ミルクを作りに向かった。

 あの様子ではラスクの足は無事では済まないだろう。

 ご愁傷様である。



 子猫たちの様子を見終わった後。

 丈二たちは丈二家への帰り道を歩いていた。

 傾いた夕日が眩しい。


「丈二さん。散歩に連れて来てくれてありがとうございました」


 ラスクが深々と頭を下げる。

 黄金色の髪が夕日に照らされて、いつもより輝いている。


「私は新参者として皆さんのお役に立たないとと思って……ちょっと気を張りすぎてた気がします」

「まぁ、あんまり根を詰めすぎても上手くいかないからな。適度に気を抜いて頑張ってくれ」

「はい!」


 顔を上げたラスクはニコニコと笑っていた。

 出会ってから見た中でも、一番輝いている笑顔だろう。

 

「それに、さっきの母猫さんを見て、ちょっとだけ怖い演技の仕方が分かった気がするんです!」

「母猫を?」


 確かにラスクを警戒している母猫は迫力があった。

 しかし、それがホラーの演技に繋がるものだろうか。丈二は首をかしげる。


「私は人を強く恨むような気持が分からなくて……いまいち今回の幽霊さんになり切れなかったんです」


 ラスクは気が弱くて、人を恨むよりも自分を責めそうなタイプだ。

 ある意味では他人に八つ当たりをしているような幽霊に共感することが難しいのだろう。


「だけど幽霊さんは、とても大切に思っていた旦那さんと過ごした家に、ずけずけと不法侵入をされているんですよね?」

「……そうだな」


 今回の肝試しの設定では、森の奥の廃墟に遊び半分で侵入する設定となっている。

 ラスクの言うように、幽霊側からすると大切な場所に土足で入られている状態だ。


「それは思い出を汚されているようで……何とかして家を守りたいって感じると思うんです。母猫さんが子猫たちを守ろうとしたみたいに!」


 大切な物を守りたい。その部分で幽霊と母猫に繋がりを感じたようだ。


「恨む気持ちには共感できないんですけど……守りたい気持ちなら分かります。その部分を上手く表現できれば、怖い幽霊を演じれる気がします」 


 グッと拳を握るラスクは、おはぎダンジョンに浮かぶ夕日を見上げた。

 この調子なら、明日からは良い幽霊を演じてくれるだろう。 

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