第145話 休憩とオヤツタイム

「う、うおぉォォォ……」

「うーん。怖くないにゃ……」


 おはぎダンジョンの温泉宿。

 そこのロビーでラスクへの演技指導が行われていた。


 ラスクは変身能力を使って姿を変えている。

 長い黒髪に白いワンピース。古典的な現代風の幽霊姿だが、まったく怖くない。

 ただ幸の薄そうな美人お嬢様だ。


 演技指導を務めているサブレは、ごしごしと肉球で頭を頭をかいた。

 猫が顔を洗うような動作だ。


「もっと憎しみが欲しいにゃ! 『お前が憎い! 殺してやる!』って感じにゃ」

「う、うぉぉぉぉぉ!?」

「プロレスラーの真似みたいになってるにゃ……」


 気の弱さが出てしまっているせいか、やはりラスクの幽霊は怖くならない。

 だが、まだまだ練習初日である。

 ここから頑張っていくしかないだろう。


「ま、今日の所はこれくらいで良いんじゃないか?」

「そうですにゃあ。良い感じの姿に変身できただけでも前進ですにゃ!」


 ぽん。煙と共にいつもの姿に戻ったラスク。

 その額には薄っすらと汗をかいていた。

 ラスクは叫んだり、体を動かしていた。夏の暑さもあって、疲れが溜まりやすいだろう。

 無理をさせ過ぎないように気を付けなくてはならない。

 丈二は冷たいスポーツドリンクを手に取ると、ラスクに近づいた。


「お疲れ様。しっかり休んでくれ」

「あ、ありがとうございます……」


 おずおずとスポーツドリンクを受け取るラスクは、なんだか浮かない顔をしていた。

 演技が上手くできないことを気にしているのかもしれない。


「少し休んだら散歩にでも行かないか?」

「散歩ですか……?」

「ここ最近は怖い映画を観たり、演技について勉強したりで大変だろ? 少しは気分転換をした方が良い」

「わ、分かりました」


 数分ほど休んだ後、丈二はラスクを連れて散歩に出かけた。

 おはぎダンジョンをのんびりと歩く。

 最初に向かったのはラムネが住む湖だ。


「うわぁ……キレイな湖ですね……」

「ラスクはこっちまで入るのは初めてだったか……ここでは魚の養殖にチャレンジしてるんだ。家の奴らは食欲が旺盛だから……」

「た、確かに皆よく食べますよね。最近は漁獲量が減っててお魚が高いみたいですし」


 透き通る湖に目をこらす。湖底から伸びる藻の林に、小さな魚たちが泳いでいるのが見える。

 連れてきた魚が生んだ子供たちだ。少しずつ――とは言っても普通の魚に比べれば圧倒的な速度で繁殖と成長をしている。


「肝試し大会が終わるころには良い感じに成長してるはずだ。釣り大会でもするかって、話も出てるんだ」

「み、皆で釣り大会……リア充っぽくて良いですね……!」


 ラスクは珍しく目を輝かせる。

 皆と一緒にイベントを楽しむのが憧れなのだろう。


「皆と一緒に釣りをして、私がおっきい魚を釣って褒められて。終わった後はバーベキューで……」


 ラスクはまだ先の釣り大会の妄想を始めてしまった。楽しそうだし、少しそっとしておこう。

 彼女から目を離して丈二が湖は見ると、湖底から大きな影が浮上してくるのが見えた。


「マズっ!? ラスク、ちょっと下がってくれ!!」

「ふぇ?」

「間に合わな――」


 ばっしゃーん!!

 大きな水しぶきを上げて飛び出してきたのはラムネだった。

 丈二はラスクをかばってびしょ濡れだ。


「あわわ……丈二さん大丈夫ですか⁉」

「まぁ、濡れただけだから大丈夫だ。ラムネ、顔を出すときはもう少しゆっくり出て来てくれって……」

「ぎゃう」


 『すまん』と、ラムネは軽く謝りながら首を伸ばしてくる。

 くんくんと鼻を鳴らしながら、丈二に顔を近づける。

 ラムネが急いで顔を出した理由は単純だ。


「はいはい。オヤツなら持ってきてるよ」


 丈二は腰に下げたバックから、ビーフジャーキーの入った袋を取り出す。

 大きなジャーキーを取り出すと、ラムネの顔に向かって放り投げた。

 ぱくり。上手くジャーキーをキャッチしたラムネは、もぐもぐと嬉しそうにしていた。


「うわぁ。動画で見ましたけど、大きな海竜ですね……」

「ラスクも上げてみるか?」

「い、良いんですか?」

「ラムネはオヤツが食えれば何でも良いだろうからなぁ……」

「そ、それじゃあ」


 ジャーキーを一枚取り出すと、ラスクに渡した。

 丈二と同じようにジャーキーを放り投げると、ラムネはこちらもキャッチ。

 変わらず美味しそうに食べている。

 ラスクはそんなラムネを見て、顔の力が抜けたように微笑んだ。


「見た目は怖いですけど、こうやってオヤツをあげてるとカワイイですね」

「まぁ食べ終わると、さっさと湖に戻るんだけどな……」


 丈二の言葉の通り。ジャーキーの袋が空になると、ラムネはさっさと湖に潜って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る