第143話 主演

 ラスクがやって来た次の日。

 朝食を終えた丈二たちは、おはぎダンジョンへと入っていた。

 犬猫族たちにラスクを紹介するためだ。


「――というわけで、今日から仲間になるラスクちゃんだ。仲良くしてあげてくれ」

「よ、よろしくお願いします!」


 温泉宿に集まった犬猫族たち。

 彼らにラスクがやって来た経緯を説明すると、ラスクは緊張した様子で深々と頭を下げた。


「よろしくにゃあ!」

「歓迎する」


 そう口にしたのはサブレとクーヘン。

 それに続いて犬猫族たちはガヤガヤと歓迎の言葉を続けた。

 どうやら受け入れて貰えたようだ。


「はい。質問がありますにゃ!」

「どうした?」


 バッと勢いよく手を上げたのはサブレだ。

 サブレはどこからか玩具のメガネを取り出す。

 それを装着すると、わざとらしくクイっと持ち上げた。


「ラスクは人間以外にも変身できるのにゃ?」


声を低くするサブレ。面接官にでもなったつもりなのだろうか。

 ラスクは困ったように丈二を見上げる。

 そんな目で見られても、丈二にだってサブレの考えていることは分からない。

 丈二が『よく分からん』と首を振ると、ラスクはサブレを見た。


「は、はい。あまり大きかったり、複雑すぎるのは難しいですけど……」

 

 ラスクが自信なさげに答えると、サブレは目を輝かせる。


「素晴らしいにゃ! ラスクを主演女優に抜擢ばってきするにゃ!」

「しゅ、主演!? ど、どういうことですか⁉」

「……もしかして、肝試し大会のか?」

「そうですにゃ!」


 どうやら、さっそくラスクには重要な仕事が与えられたらしい。

 肝試し大会の主演女優。

 たしかに、ラスクの変身能力は肝試し大会にはうってつけだ。


「き、肝試し大会ってなんですか……?」

「ああ、実はな――」


 ラスクがおどおどと丈二を見詰めてきた。

 昨日来たばかりのラスクは、肝試し大会の企画を知らない。

 丈二が説明すると、ラスクはぶんぶんと首を振った。彼女の黄金色の髪がわさわさと広がる。


「むむむむむ無理です! そんな重大な仕事なんてできません!!」

「まぁ、ラスクちゃんは目立つの苦手そうだしなぁ……サブレ、どうしてもラスクちゃんじゃないと駄目なのか?」

「ラスクがベストだと思いますにゃ。だって――」


 サブレは手を広げて、犬猫族たちを示す。


「僕たち、あんまり怖くないですにゃ」

「……確かに」


 サブレたち犬猫族たちは、見た目だけならただの犬猫だ。

 彼らが『おばけだにゃー!』と出てきても怖くはない。

 お客さんに『わーカワイイー』と言われて終わりだろう。


 動物を主体としたホラーとしては、凶暴化した生き物に襲われる『パニックホラー』な映画が思い浮かぶが――肝試しの趣旨とはズレてしまっているだろう。


「僕たちでも雰囲気を作ることはできると思うにゃ。だけど最後の大トリとして、がっつり脅かすのは難しいと思うにゃ」

「なるほど、肝試し大会の仕上げとしてラスクに脅かして貰いたいんだな?」

「そうですにゃ!」


 こうして説明されると、確かにラスクほどの適任はいない。

 ちなみに主演候補のラスクは、犬猫族たちの注目に耐えかねたのか丈二の背中に隠れている。


「どうかなラスクちゃん。試しに挑戦してみるのは?」

「む、無理ですよ。失敗したら申し訳ないです!」

「いやいや、失敗したらラスクちゃんを勧めてる俺やサブレの責任だ。ラスクちゃんに責任は無い」


 責任者の仕事は責任を取ることである。

 それはおはぎダンジョンを管理している丈二や、今回の肝試し大会の監督を務めるサブレの仕事だ。

 失敗した時は、丈二とサブレで立て直しを計るしかない。


「本当にダメそうだったら丈二さんにやって貰うにゃ」

「おっさんの幽霊か……コントみたいになりそうだ」

「過労死した社畜の幽霊にゃ!」

「一気に怖さが増したな……」


 丈二の背中から、クスリと笑い声が聞こえた。

 そっと顔を出すラスク。

 まだ緊張は残っているが、穏やかに微笑んでいた。


「分かりました。主演を務めてみせます」


 ラスクは胸の前で、グッと両手の拳を握った。

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