第142話 伝説の狼?

「先輩? なにを騒いでるんですか?」


 丈二が夜食の準備をしようとしていると、パジャマ姿の牛巻が顔を出した。

 風呂上がりのせいか肌が湿っている。

 座っているラスクを見ると、牛巻の目は大きく開かれた。


「モンスターに飽き足らず、人間まで拾ってきたんですか⁉」

「ぴぇ!?」


 牛巻の声にびっくりしたのか、ラスクは悲鳴を上げる。

 同時に頭からぽふんと煙を出して、狐耳を生やしていた。

 驚くと変身が解除されるらしい。

 ぜんざいに吠えられた時は狐の姿に戻っていたが、今回は耳だけだ。

 驚き具合によって変わるのだろうか。


 牛巻はラスクのケモ耳を見詰めて首をかしげた。


「なんと、あざといケモ耳娘?」

「見ての通り人間じゃなくてモンスターだ。名前は『ラスク』ちゃん。人間の姿なのは彼女の変身能力だ」

「なるほど……いったい、いつの間に連れ込んでたんですか?」

「ついさっき、彼女の方から訪ねてきたんだ」

「ほほぅ」


 牛巻はグイッとラスクに迫ると、ジッと見つめた。

 なんだかにらめっこでもしているようだ。

 見つめられるラスクは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして目をそらしていた。


「あの、な、なんでしょうか?」

「先輩、この子めっちゃ可愛いですね!」


 牛巻は興奮した様子で丈二を見た。

 『イイね!』とばかりに親指を立てている。


「私、弟しか居ないので妹が欲しかったんですよ! ラスクちゃん、仲良くしてね!」

「あわ、あわわわわ!?」


 牛巻がラスクに抱きつく。

 ラスクは牛巻の胸に顔を埋められながら、あわあわと慌ててていた。

 顔を真っ赤にして、降参するように両手を上げている。

 しかし嫌がっている様子はない。むしろ頬を緩めて喜んでいるように見える。

 ラスクは仲間が居ないことを気にしている様子だった。

 牛巻が仲良くしてくれて嬉しいのだろう。


 なんにしても仲良くやれそうで良かった。

 丈二が安心していると、ふと思い出した。


「おっと、夜食の準備をするんだった」

「夜食ですか? ぜんざいさんが食べたがってるんですか?」

「ぼふ」


 牛巻の問いに、ぜんざいが抗議の声を上げた。

 食いしん坊キャラのように扱われたのが納得いかなかったらしい。

 なにも間違っていないが、人から言われるのは違うのだろう。


「いや、ラスクが夕食を食べてないらしいんだ……まぁ、ぜんざいさんも食べたがってるのは合ってるけど」

「それなら私が準備しますよ。待っててねラスクちゃん!」


 そうして夜食準備は牛巻にバトンタッチ。

 丈二は大人しく居間で座っていることにした。


 丈二がのんびりとしていると、おはぎが膝の上に乗って来た。

 どうやらもう眠いらしい。丸まって目をつむっている。

 同じようにきなこも眠いらしく、ぜんざいのふわふわした尻尾に包まれて『ぴぃぴぃ』と寝息を立てている。

 一方のぜんざいは眠気より食い気。ピコピコと台所で動く牛巻に耳を傾けながら、夜食を待っていた。

 

 そんなぜんざいに興味があるのか、ラスクはぜんざいを見詰めていた。


「動画でも思いましたけど、ぜんざいさんは立派な狼ですね。伝説の『氷牙狼ひょうがろう』のようです」

「氷牙狼?」

「はい。妖狐族に伝わる伝説の狼で、とても大きくて宝石のように青い毛をしていたらしいです。『その狼が訪れし時、草木は眠り海は凍る。吹雪を纏い千里を駆ける姿は冬の権化。もし狼の声が聞こえたならば、厳しき時代に備えなさい』なんて詩も残ってるんですよ」

「なるほど……」


 丈二はぜんざいが走る姿を思い浮かべた。

 ぜんざいは本気で走るときには、風を纏って走っている。

 吹雪を纏うという詩の描写に似ている。

 毛も青っぽい紺色だ。宝石のように輝いては居ないが。


(……氷っぽい魔法を使ってるところを見たこと無いし、関係はないか) 


 確かに似ている。

 似てはいるが他人の空似だろう。

 ぜんざいが居ても草木は眠らないし、海も凍らない。

 氷や冬などの単語に結び付きそうな力を発揮したこともない。


「はい。チキンサラダですよー」


 などと丈二が考えていると、牛巻がチキンサラダを持ってきた。

 ラスクとぜんざいの前に皿を置く。


「いただきます」


 ラスクは箸を受け取ると、さっそく一口。

 よく噛んでから飲み込むと、目を輝かせて牛巻を見た。


「とっても美味しいです……!」

「良かった。明日からも美味しいご飯を作ってあげるからね!」 


 ぜんざいも待ってましたとばかりに、がっつき始めていた。

 この食いしん坊な老犬が伝説の狼という事もないだろう。

 丈二は幸せそうに食事をする二匹を見ながら、大きな欠伸をした。

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