第141話 妖狐

 丈二家の庭に現れた少女が、狐に変化してしまった。

 出てきた狐は、ふわふわとした九本の尻尾に隠れるように丸まっている。


「な、なんだ? モンスターか?」

「ぐるぅ?」


 丈二は困惑しながらも、縁側の窓を開ける。

 すると、おはぎは丈二の股を抜けて庭に飛び出した。

 狐に近づくと、くんくんと鼻を鳴らしている。


「きゅん?」


 狐は甲高い鳴き声を上げると、尻尾から顔を覗かせた。

 丈二とおはぎを交互に見ると――ぼふん!

 再び白い煙に包まれると、犬猫族のような二足歩行へと変化していた。


「は、初めまして……私は『稲荷いなりラスク』です」


 不安そうに丈二を見上げる狐は、『稲荷ラスク』と名乗った。

 おどおどと気まずそうにしている。

 あまり人に慣れていないのだろうか。


「君はモンスター、だよな?」

「あ、はい。こっち風に言うと、妖狐のモンスターです」

「モンスターなのに苗字があるのか?」


 サブレたちのように知能が高くコミュニティを持っているモンスターであれば、名前を持っているのは必然だ。

 だが苗字まで、しかも『稲荷』なんて日本風のものを持っているのは予想外だ。


「あ、それはこっちに来てから自分で付けたんです……名乗るときに求められたので……」

「あぁ、なるほど……もしかして、人間に変身して生きてたのか?」

「あ、そうです」


 ぼふん。

 再び姿を変えるラスク。今度は中学生くらいの少女の姿。

 黄金色の髪が片目が隠れるくらいに伸びている。

 服装はピンクと黒のフリフリした物を着ていた。

 

 どうやらサブレと同じように、ある程度は日本社会に触れていたらしい。

 むしろ変身をする能力を持っているようなので、より溶け込んでいたのだろう。

 名乗るのに自分で苗字を付けたらしい。


「とりあえず……家に上がるか?」

「あ、はい。お邪魔でなければ……」


 このままラスクを外に置いておけば、虫に刺されて酷いことになる。

 丈二が勧めるままに、ラスクは縁側から居間へと入った。

 庭から縁側に上るさいに、小さな煙と共にラスクの靴が消えていた。

 なんとも便利なものである。


 テーブルを挟んでラスクと座った。

 こうして人間に変化しているとラスクのおどおど具合が余計に目立つ。

 先ほどからテーブルの端を見詰めて、顔を合わせてくれない。


「それで、ラスク……ちゃんは、どうして家に来たんだ?」


 モンスターと分かっていても、見た目は女の子。

 呼び捨てにするのも気まずかった丈二である。


「もしかして、君の仲間が危ない目にあっているとかか?」


 丈二は犬猫族たちの騒動を思い出す。

 あの時のようにラスクの仲間たちが危機に陥っているから、助けを求めてきたのかもしれない。


「な、仲間……い、いえ、私は群れでも一人ぼっちで……はぐれてたら知らないダンジョンに転移してたので……」

「……なんか、ごめんな」


 仲間と聞くとずんと暗くなるラスク。

 どうやら、ラスクのおどおどした性格は丈二が人間だったからではないらしい。

 そもそも他者との関りが苦手なようだ。


「それじゃあ、どうして家に来たんだ?」

「あ、丈二さんのことは動画サイトの切り抜き動画で知ったんです」

「動画サイト? ラスクはネットが使える環境に住んでたのか?」

「あ、電気屋のお試しタブレットを使ってたんです」

「あぁ、なるほど」


 電気屋や携帯ショッブに置いてあるお試し端末を使って、丈二のことを知ったらしい。

 

「それで、丈二さんの所では猫族やコボルトが住んでいるのを知って、私のことも受け入れてくれるかなと思って……」 

「家に住みたいってことか?」

「そ、そうです。よろしくお願いします。なんでもしますから!」


 深く頭を下げるラスク。

 丈二としては、今さら一人や一匹を受け入れたところで誤差である。

 断る理由も特にない。

 

「分かった。その代わりに、ちゃんと働いてくれよ?」

「は、はい。よろしくお願いします!」


 パッと顔を明るくしたラスク。

 同時にぐぅーとお腹の音が鳴った。

 ラスクは顔を赤くして縮こまる。


「す、すいません。夜ご飯を食べてなくて……」

「ちょっと待ってくれ。なにか摘まめるものを持ってくる」

「がう」

「ぜんざいさんは晩御飯にオヤツまで食べたじゃないですか……」


 丈二が台所に向かおうとすると、ちゃっかりぜんざいまで付いて来ようとした。

 こうなったら仕方がない。皆で夜食を食べるしかない。

 丈二はやれやれと台所に向かった。

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