第140話 くっついて固まる

 照明の高度を落とした丈二家の居間。

 壁にはプロジェクターによって映像が映し出されていた。


 映像に映されているのは薄暗い玄関。

 なんとなく、丈二家にも似ている。

 若い女性が懐中電灯の微かな明かりを頼りに、ゆっくりと歩みを進めた。

 廃屋のようにくたびれた廊下を進み、畳が敷き詰められた床の間へと入った。


 懐中電灯がゆっくりと部屋を照らす。

 奥には布団をしまうための押入れがあった。

 しかし、ふすまにはびっしりとガムテープが張られている。

 まるで中に居る何かを封じ込めるように。


 女性はふすまに近づくと、ゆっくりと手を伸ばす。

 ガムテープを剝がそうとしているのだろう。

 だが、その必要は無かった。

 ぱらり。ガムテープがひとりでに床へと落ちた。

 懐中電灯に照らされたガムテープにはびっしりと長い黒髪が張り付いている。

 むしろ、今まで押入れに張り付いていたのが不思議なくらいだ。


 女性は恐る恐る押入れへと手を伸ばす。

 ゆっくりと開け放つと――中には何もなかった。


 ほっと息を吐く女性。

 後ろを振り向いた瞬間――。


「ぎにゃぁぁぁぁぁ!?」


 サブレの叫び声が響いた。

 画面には、長い黒髪の幽霊の顔がアップで映されている。

 凄い眼力で丈二たちを睨みつけていた。


「怖いにゃあぁぁぁぁぁ!!」

「あ、こら! 俺の服に入り込んでくるな⁉」


 丈二の背中に隠れながら映画を見ていたサブレ。

 驚きのあまり隠れようとしたのだろうか、丈二の服へと入り込んでくる。

 ふわふわの毛が首元に当たってくすぐったい。


「ほら、もうエンディングだから、終わりだから早く出てくれ⁉」

「や、やっと終わりにゃ……?」


 サブレが吹くから出てきたころには、ノリノリの音楽と共にスタッフロールが流れていた。


「服が伸びるから入り込むのは止めてくれ……」

「はーい。明るくしますねー」


 牛巻が明かりの光度を上げると、部屋が明るくなった。

 今にはびっしりと犬猫族たちが集まり、プロジェクターが投影する画面を見つめていた。

 皆、ほっと安堵したように顔を緩めている。

 しかし、怖さは残っているらしく猫族は身を寄せ合うようにかたまり、犬族は尻尾を丸めていた。


 牛巻がリモコンを操作すると、プロジェクターの映像も止まる。

 ちなみにプロジェクターは牛巻の私物だ。

 なんでも、果物を合体させるゲームをやるために買ったらしい。


 丈二はサブレを見た。

 仲間の猫族たちと固まっている。


「どうだ。面白かったか?」

「うにゃあ。怖いけど、つい画面から目を離せない。終わってみると、なぜか清々しい……ホラーとは不思議なものですにゃあ」


 どうやら、サブレもホラーをなんとなく分かってくれたらしい。

 肝試しに向けて、いい経験になったようだ。


「……人間は死んだら幽霊になるんですにゃ?」

「いやいや、ならないぞ? あくまでも架空のお話だ」

「良かったですにゃ……もう夜中にトイレ行けなくなるところでしたにゃ……」


 サブレたちは幽霊に縁がない。

 ゲームなんかではアンデットモンスターは定番だが、ダンジョンにはその類のモンスターは存在しない。

 あくまでも、生きているが凶暴な動植物たちだけだ。

 サブレたちにとっては、幽霊の概念自体が新感覚だったのだろう。


「さて……もう遅いし今日は解散だな」

「今日は皆と一緒に寝るにゃ……」


 サブレたち猫族は、毛玉の団子を作りながらおはぎダンジョンへと帰って行った。

 その後に尻尾を丸めたコボルトたちが続く。

 片づけを終えた牛巻は、いつも寝泊まりしている仕事部屋へと向かった。


 残されたのは丈二、おはぎ、ぜんざいときなこ。

 丈二は寝る準備を整えると、押入れから布団を取り出そうとふすまに手をかけた。

 ふと思い出すのは映画のラストシーン。

 ふすまを開けると、真後ろに幽霊が立っていた。

 嫌な予感がしたが、丈二は首を振った。


(まぁ、そんなことが現実にあるわけないからな……)


 丈二がふすまを開ける。


「ガウッ!!」


 ぜんざいが庭に向かって吠えた。

 丈二もとっさに庭を見ると、そこに居たのは長い黒髪の幽霊――ではなく金髪ボブヘア―の少女。


「あ、電柱に隠れてた!?」


 丈二はその子に見覚えがあった、丈二が買いだしの帰り道に出会った少女だ。

 てっきり見間違えかと思っていたのだが、くっきりと実態を持って丈二たちの前に立っている。


「ぴぃ⁉」


 少女が怯えるような声を上げた。

 ぼふん!

 白い煙に包まれると、少女が消える。

 代わりに残っていたのは、黄金色の毛に包まれた狐。

 九本の尻尾に隠れるように丈二家の庭に丸まっていた。

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