第139話 幽霊の正体見たり

 サブレからの強い要望もあり、おはぎダンジョンでは肝試し大会が開かれる予定となった。

 ただし、サブレたちが務めるのは脅かす側。

 脅かされる観客には、近所の人たちを招待しようと考えている。

 大人が来てくれるかは分からないが、子供や学生たちは喜んでくれるだろう。


 しかし、肝試し計画には一つ問題があった。

 そもそもサブレたちは人間社会で育ったわけでは無い。肝試しの肝となる『ホラー』を理解していない。

 今の状態で肝試しの準備を始めても、ただモンスターたちが叫ぶだけのパニック映画みたいになってしまう。


 そこで、丈二家では『ホラー』を学ぶために映画鑑賞会を開催することが決まった。

 せっかくなら、お菓子やおやつをつまみながら見ようと考えた丈二は、買い出しに出かけていた。


 すでに夕食を終えて、時刻は七時を過ぎたころ。

 すっかり暗くなった夜道を、丈二はパンパンにふくれたエコバックを片手に歩いていた。


 夏の湿気が、じとりと肌にまとわりつく。

 いまいち気分の悪い夜だった。


 ひたひた。ひたひた。


(……なんだ?)


 背後から足音のようなものが聞こえてきた。

 ひっそりと、丈二の後を付けるように。

 一歩。二歩。歩みを進めると、背後の何かも足音を鳴らす。


 付けられている。

 丈二はそう直観した。背後の足音は付かず離れず。

 明らかな意思を持って、丈二を追いかけている。


 これからホラー映画を観ようとしていたからだろう。

 髪の長い女が丈二を睨みつけている。そんな情景が頭から離れない。


(悩むくらいなら……)


 ごくりと唾を飲んだ。

 丈二はゆっくりと後ろを振り返る。

 もしも、本当にヤバいものが居たらエコバックを捨てて走りだそう。

 そう覚悟をして振り向いたのだが――何も居なかった。


「……はぁ。気のせいか」


 丈二はほっと胸を息を吐く。

 丈二の気のせいだった。足音もどうせくだらない勘違いだろう。

 『幽霊の正体見たり枯れ尾花』とはよく言ったものである。

 全ては丈二の恐怖心が作り出した幻。幽霊の正体なんて、ススキみたいなものなのだ。


 ぱち。ぱちぱち。ぱちぱち。

 視界の端で、街灯が不自然に点滅した。

 自然と丈二の目がそこに行く。


 街灯に照らされた薄汚れた電柱。

 その薄暗い影に、らんらんと二つの目が輝いていた。

 中学生くらいの少女が、ジッと丈二を睨みつけている。


「どぅわ!? ――あれ?」


 丈二はびっくりして、情けない声を上げてのけぞった。

 しかし、次に電柱の影を見た時には少女の姿は無い。

 ただ街灯がパチパチと不規則に点滅を繰り返すだけだ。


「や、やっぱり気のせいか……そうだよな」


 丈二は自分に言い聞かせるように呟いた。

 幽霊なんて居ないのだ。全て嘘なのだ。

 そう自分に言い聞かせる。

 背筋に寒いものを感じながら、丈二は逃げるように走り去った。


 ――丈二は気づかなかった。

 少女が身を隠していた電柱。

 その陰から、九本のふわふわした尻尾が飛び出していたことに。 

 

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