第138話 夏っぽい企画

「『大規模魔獣災害』から十年。ときわ市では追悼の意を込めた花火祭りが企画されており――」


 昼食を終えた昼下がり。

 丈二家の居間にはニュース音声と、のんびりとした空気が流れていた。

 テレビを眺めていたサブレが呟く。


「花火……生で見たいですにゃあ」

「花火かぁ。近場の花火大会にサブレたちを連れて行けるかなぁ……」


 流石に人ごみに連れて行くのは難しい。

 花火が見える位置のホテルでも予約すれば、見せられるだろうか。

 丈二がぼんやりと考えていると、牛巻が台所から顔を出した。

 手には麦茶の乗ったおぼんを持っている。


「花火じゃなくても、夏っぽい企画とかやりたいですよね」


 そう言って、テーブルに麦茶を並べる牛巻。

 丈二はお礼を言って、麦茶を受け取った。

 ひんやりとした麦茶。受け取ったコップはしっとりと湿っていた。傾けると、からりと氷の音が鳴る。

 麦茶を飲むと、暑さでほてった体にひんやりとした冷気が染み渡る。


「夏っぽい企画……肝試しとかか?」

「トリックオアトリートにゃ!? おやつくれなきゃイタズラするにゃ!」

「ぐるぅ!」

「がう?」


 おやつの言葉に反応するおはぎとぜんざい。

 二匹とも眠そうにウトウトしていたのに、ばっと顔を上げた。

 ぜんざいの頭に乗って寝ていたきなこもびっくりしている。『なんだなんだ?』と辺りを見回していた。


「いや、それはハロウィン……もうちょっと先だな」

「うにゃぁー。おやつはお預けにゃ……」

「ぐるぅ……」

「がう」


 おはぎとぜんざいは呆れたように眠る体勢に戻った。

 きなこも落ち着いたようで、変わらずぜんざいの頭の上で眠り始めた。


「肝試しって言うのは、怖い所に行って、背筋をゾクゾクさせて涼しくなろう。みたいなヤツだ」

「うにゃー。人間は面白いことを考えるものですにゃぁ。丈二さんも言ったことがありますにゃ?」

「学生のころに学校の行事でやったぞ。まぁ正確には『夜にハイキング』をするって名目だったけど……実質的には肝試しだったなぁ」


 林間学校の行事の一つだった。

 ハイキングに行く前には、ご丁寧に先生の『怖い話』付きである。

 どうやら牛巻にも心当たりがあるらしく『分かります!』と声を上げた。


「ナイトハイクとかいうヤツですよね? なんで素直に肝試しって言わないんでしょうね?」

「学校側にも建前があるんじゃないか? 林間学校も自然を学びに行くみたいな名目だろうし、ナイトハイクとして夜の森を観察するって言い訳があるんだろ」


 もっとも、名目なんてどうでも良い。

 なんだかんだで、肝試しという子供たちのニーズに答えてくれるのだから、ありがたい話である。


「うにゃー。肝試しに林間学校。僕も夏っぽい企画がやりたくなってきたにゃ!」

「まぁ、ぼちぼち考えてみるか」

「うにゃー!」


 勢いよく片手を上げるサブレ。やる気に満ち溢れていた。

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