第135話 ファンサは突然に

 海竜を連れて帰ると決めた丈二。

 しかし、海竜は巨大だ。トラックなどに乗せらえる大きさでもない。

 どうやって移動させるかと悩んだ丈二だが、一つ思いついた。


 水路を使えばいいのだ。


 丈二家の近くには大きめの川が流れている。

 当然ながら川は海へと繋がっている。

 海を迂回して川を上り丈二家へと向かえば、周りへの迷惑を最小限に抑えて移動できる。


 寒天と犬猫探索隊には、牛巻に迎えに来てもらって先に帰って貰った。

 丈二、おはぎ、サブレ。そして海竜は近くの川に入って海を目指した。

 海に出た後は丈二家に繋がる川を目指す。

 幸いなことに、どちらの川も太平洋側に繋がっていた。すぐに丈二家へと続く川を見つけて上ることができた。


「……なんか、人が多くないか?」


 丈二は海竜の背中から、土手沿いを眺めた。

 妙に人が多い。海竜を見てはしゃいでいるようだ。


「うにゃ!? SNSでバズってますにゃ!」

「マジか……」


 サブレがスマホを見せて来る。

 画面に映っているのはSNS。トレンド一位には『海竜』。二位には『川上り』の文字。

 土手沿いからこちらを眺めている人々は、SNSの口コミを見て海竜を見に来た人々なのだろう。


 川に珍獣が現れると人が集まる。

 多摩川に現れたアザラシの『タマちゃん』。淀川に現れたクジラの『淀ちゃん』が実証してくれていることだ。


「どうしますにゃ? ちょっと川沿いに停まってチャンネルの宣伝でもしますにゃ?」

「うーん。海竜も泳ぎっぱなしで疲れてるだろうしなぁ。人と接触するのは大変じゃないか?」

「ぎゃう」


 丈二が海竜の首を撫でると『俺はどっちでも良いぜ』と一鳴き。

 水の竜だけあって、泳ぐ程度では疲れないのだろうか。


「海竜が良いなら……ちょっとだけ寄っていくか」

「来ましたにゃ。ファンサはこのサブレにお任せくださいにゃ!」


 サブレはぴょんぴょんと海竜の頭に登ると、土手沿いの人たちに手を振った。


「ちょっとだけ岸で休憩するにゃ! 遊びに来てにゃあ!」


 ざわざわと土手沿いに集まった人々は話し出す。

 まさか近づけるとは思わなかったのだろう。


 サブレの声に合わせて、海竜が岸に寄った。

 市民の散歩スポットとして使われるためか、川沿いの道はしっかりと整備されている。


 丈二が海竜から降りると、あっという間に人々に囲まれてしまった。

 なんとなく子連れの親御さんが多い。

 海竜の見た目はまさに恐竜。男の子なんかは大興奮だ。


「すげぇぇ!! かっこいい!!」

「大きいなぁ……」

「あの、写真良いですか?」


 次に多いのは男女問わずに学生だ。

 バズリ狙いで海竜を撮影しに来たのかもしれない。


「良いですよ」

「あ、だけどSNSに投稿するときは、『#おはぎちゃんねる』を付けてにゃ!」

「あの、おはぎちゃんや、サブレちゃんの写真も良いですか?」

「あ、俺もおはぎちゃんと写真撮りたいんですけど……」


 普段から動画を見てくれているファンも居た。

 ファンの人たちからは、やはりおはぎが人気らしい。


「おはぎ、写真撮られても大丈夫か?」

「ぐるぅ!」


 おはぎは元気よく『良いよ!』と返事をしてくれた。

 もっとも、今回は安全の問題もあるので、ふれあいは遠慮してもらおう。


「写真は撮っても良いですよ。ただ、あまり近づきすぎないようにしてくださいね」

「お触りはNGにゃ!」


 おはぎのファンたちは、一定の距離をとってスマホのカメラを向けた。

 がやがやと、ちょっとしたお祭り騒ぎとなった川沿い。

 ふと、群衆の向こう側から叫び声のようなものが聞こえてきた。


「――いません。通してください。すいません!」


 人垣をかき分けて飛び出してきたのは、スーツ姿の女性だ。

 手元にはマイクを持っている。

 どこかのアナウンサーとかだろうか。

 女性ははぁはぁと息を整えながら話し出した。


「ま、牧瀬丈二さんでよろしいですよね?」

「はい。そうですけど」

「私は『CyberTV』の金子かねこです。ぜひ、取材をさせていただけないでしょうか⁉」


 CyberTVはネット発のテレビ局だ。

 普通のテレビ局では難しいような、ちょっと尖った番組や、マニアックな番組を放映している。


「あぁ、海竜の映像なら使っても構わないですよ。ウチのチャンネル名を出していただければ」

「えっと、それに合わせて丈二さんへの取材もお願いしたいんですけど」

「……すいません。私の出演はお断りしまして」

「うぐぅ……やっぱりですか?」


 実は丈二へのTVなどへの出演依頼は何度か来ている。

 特にモンスターレースによってTV局の知り合いも増えたので、依頼は増していた。

 しかし、それらは全てお断りしている。

 丈二としては、自分がグイグイ前に出ることはしたくない。

 あくまでも、おはぎたちをサポートする裏方に回りたいからだ。


「せめて名刺の交換だけでもお願いします!」

「分かりました。おはぎたちが輝けるような企画があればお願いします」


 その後のふれあい会は和やかに進み、海竜たちの出発を多くの人たちが見送ってくれた。

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