第118話 闘争本能

「いよいよ、明日はレースの本番だ……今日はしっかり寝ないとな」


 丈二は床に敷かれた布団の上で、あぐらをかきながら呟いた。

 ワクワクと胸が高鳴っている。

 遠足を楽しみにしている子供のような気分だ。


「ぴぃ……」


 きなこが真剣なまなざしで畳を見つめていた。

 まさか、畳の目を数えているわけではない。

 どうやら明日のレースに緊張しているようだ。


「ぐるぅ♪」


 おはぎが喉を鳴らして、きなこに体を擦り付ける。

 緊張を和らげようと励ましているらしい。


「きなこは出来るだけのことはしてきたんだ。勝てるかは分からないけど……きっと良い走りができる」


 丈二はぽんと、きなこの頭を撫でる。

 きなこは気持ちよさそうに目を細めた。

 丈二はきなこの体をそっと持ち上げると、丸まっているぜんざいの上に乗せた。

 ふわふわとした毛の中に、きなこの体が沈む。


「だから今日はもう休もう。明日、全力で走れるようにな」

「ぴぃ……」


 きなこの目がとろりと落ちる。

 次の瞬間には、ぴぃぴぃと寝息を立てていた。


 すやすやと眠る姿を見ていると、こちらまで眠くなってくる。

 丈二は間延びした欠伸を吐き出した。


「俺たちも寝ようか」

「ぐるぅ」


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ぴぃぃぃ!!」


 一夜明けてレース当日。

 ウォーミングアップとして短い距離を走ったきなこは、雄たけびのように鳴き声を上げる。

 といっても、いつも通りのひよこボイス。威圧感などは無い。可愛らしい鳴き声が響いていた。


 しかし、その走りは甘くなかった。

 ウォーミングアップとはいえ、コースを試走した時よりも走りが鋭くなっていることは一目で分かっただろう。


「仕上げてきたみたいだね」


 丈二がきなこの様子を見守っていると、声をかけられた。


 振り向くとそこに居たのは兎束とダイナ。

 兎束の手にはお祭りなんかでよく見るようなパックの焼きそば。箸を持つ手で、りんご飴まで持っている。

 犬猫族たちの売店を楽しんでいるらしい。見たまんまお祭り気分だ。


「はい。アドバイスの通り、きなこは加速を使いこなせるようになりました」

「うん。それは良かった。おかげでダイナも楽しめると思う」


 ズドン!!

 ダイナが後ろ足で、地面を強く踏み抜いた。

 流石の脚力だけあって、ボコりと地面に足形の穴が開いている。


 それは兎のスタンピングだ。

 本来なら怒っている時などにする仕草だが――今回はやる気の表明なのだろう。

 ぼんやりとした姿とは裏腹に戦意マックスらしい。


「ぴぃ!」


 音に気付いたきなこが走り寄って来た。

 丈二の前に躍り出ると、短い羽根を広げてダイナに見せつける。

 それはダイナへの宣戦布告。

 きなこもやる気らしい。お互いにやる気で満ち溢れている。


 にらみ合うダイナときなこ。

 まるで今にも駆け出しそうな二匹だが、そうはいかない。


「もうちょっとだけ待ってくれ、少ししたらレースが始まるから」

「ダイナモ少し落ち着いて、興奮しすぎるのは良くない」


 丈二はきなこを抱き上げる。

 あと少しでレースが始まる。それまでは我慢して貰わなければ困ってしまう。

 今は二匹とも興奮しているため、離れた方が良いだろう。

 丈二が目線を送ると、兎束も理解したらしい。


「それじゃあ、また後で」

「はい。いい勝負になるよう願っています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る