第117話 大成功

 ピカッ!!

 UFOが光り始めた。

 それと同時に、UFOを中心としてドーム状に光の壁が張られた。


「な、なんだ!? バリアか⁉」

『そんな物ではない!!』


 ビュン!!

 ドーム内にきなこが飛んできた。

 きなこの進行方向に、光の矢印が浮かんでいる。


「ぴぃ!!」

『無駄だぁ!!』


 ひゅんと避ける羊。

 さらにドーム内に矢印が浮かんだ。

 よく見れば、そこには黒猫が居る。黒猫の進行方向に矢印が出ていた。


「面妖にゃ……」

『姿が見えてれば怖くないな!』


 ビュンと逃げ出す羊。

 その羊の進行方向にも、矢印が出ていた。


「なんだこの矢印?」

『これこそが俺の秘密兵器!! 『ベクトルミエール』だ』

「ベクトルミエール?」

『ベクトルとは力の大きさと向きを表すもの。それを現実空間に投影するのがベクトルミエールだ! これでお前たちの動きは丸裸だ!!』


 たしかに、これを使えばきなこや黒猫の動きは分かる。

 だけど、一つ問題があった。


「これ、羊の動きも分かるから、デメリットも大きくないか?」

『……』


 きなこたちの動きが丸分かり。

 同時に羊の動きも丸分かり。

 デメリットも大きいだろう。

 秘密兵器と言えるほど、決定的に戦況をひっくり返すかは微妙だ。


「ぴぃぃ!!」

「諦めるにゃ……!」


 きなこと黒猫が走り出す。

 矢印の動きを見るに、両脇から挟み込むつもりのようだ。


『ええい!! こうなったら俺様のドラテクで振り切ってやる!!』

「うぉぉ!? ぐるんぐるん動かすなぁぁぁぁ!?」


 きなこたちの包囲を切り抜けるため、羊はハチャメチャに走り出す。

 乗っている丈二としてはたまったものじゃない。


『なんか、画面見てる俺様も気持ち悪くなってきた……』

「なら諦めてくれぇぇぇ⁉」


 しかし、そのドラテクはバカにできるものじゃないらしい。

 きなこたちの猛攻を振り切っている。

 今のままのきなこでは追いつけない。

 なんとか、曲がりの課題を克服しなければ……先に丈二の胃液が決壊しそうだった。


(というか、なんでこの羊はこんなに自由自在に動けるんだ……)


 羊の明らかに異常な動き。

 その秘密さえ分かれば、きなこにも似たようなことが出来るかもしれない。

 丈二は羊を観察する。


 ふと、気づいた。

 羊から伸びたベクトルが、曲がるときには訳の分からない方向に向いている。

 一方のきなこは常に真っすぐ。進行方向にだけ向いていた。

 これはつまり……丈二は兎束の言葉を思い出した。


『もっと加速すれば良い』


 その言葉の意味は、もっと速く走れって意味じゃない。

 むしろ、遅くなるために加速を使えば良い。負の加速だ。


 走っている方向と逆向きに加速をすれば、速度は落ちる。

 物を動かしているときに、逆方向に引っ張られるのと同じように。

 

 加速を上手く利用すれば、羊のように変幻自在に動くことが出来る。


(兎束さんの言葉の表現を変えるなら『もっと”上手く”加速すれば良い』ってことか……分かりづらい!!)


 ともかく、羊の動きの種は割れた。

 丈二は叫ぶ。


「きなこ! 曲がるのにも加速を使うんだ! 羊の矢印を見て真似をしよう!」

「ぴ? ぴぃ!!」


 ぐりんと羊が曲がった。

 その矢印を見て、きなこも同じように加速をする。

 きなこも同じように、ぐりんと曲がった。

 見た目上は減速していない。しかし実際には、減速と別方向への加速が同時に起こっている。


 おそらく二匹とも根本的な走りかたは同じ種類だ。電磁気を利用して加速している。

 まさに、きなこにとって羊は都合のいい勉強材料なのだろう。

 

『なにぃ!? 俺のドラテクについて来れるだと!?』

「ぴぃぃ!!」


 ぐりんぐりんと動き回る羊。

 しかし、きなこはそれに食らいつく。

 そして加速の出力はきなこの方が上だ。


「ぴぃぃぃぃぃ!!!!!」

『クソぉ!! 俺様の完璧な計画がぁぁぁ!!!!』


 きなこはUFOに突撃。

 その鋭いくちばしで貫いた。

 ぷすぷすと火花を散らしたUFO。ぼふんと黒い煙を噴き出して沈黙した。

 もうキビヤックの声も聞こえない。


 どすん。

 丈二は羊の背中から落ちた。

 久しぶりの地上に、とても安心した。


「や、やったな。これできなこは曲がりもマスターできたな!」

「ぴぃ!」


 バリバリバリバリ!!

 きなこは雷のように、ジクザクと走り抜けた。

 これだけ自在に走れるのならば、レースの森部分もぶっちぎりで走り抜けるだろう。


 きなこの優勝が現実味を帯びた。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ダァー! ハッハッハハー!! 作戦は大成功だ!!」


 暗い部屋の中に、キビヤックの笑い声が響いた。

 何枚も展開された画面の光だけが、部屋を照らしている。

 カタカタとキーボードが打ち付けられる。

 それを奏でているのは人の物ではない、毛むくじゃらの指だった。


 部屋の隅から、その様子を眺めていた女の子。

 彼女はこてんと首をかしげた。


「誘拐は失敗したんでしょ?」

「企業のクズどもが、丈二のおっさんのために金なんて払うわけないだろ。あれはただの嘘だ」

「じゃあ、なんのためにこんなことしたの?」

「クックック……これのためだ!」


 画面の一つが切り替わる。

 そこに映っているのは、レースに出場するモンスターたちの名前。

 その隣には何やら数字が書いてある。

 いわゆるオッズ表だ。


「こいつは裏で開催されてる違法賭博のサイトだ。モンスターレースを扱うのも、今回が初めてじゃない」


 おはぎダンジョンで開催されるモンスターレースでは、かけ事などはしてないない。

 しかし、闇の中で賭博の材料として使われていた。


「この中で一番期待されていないのが、あのひよこだ」


 表の中で、一番倍率が高いのがきなこだ。

 つまり勝つ確率が低いということ。


「しかーし、ポテンシャルだけなら、あのひよこが一番高いと俺様は睨んだ。さらに今の段階で走りを強化してやれば、あとは本番を迎えるのみ……」


 丈二たちが羊の出現するダンジョンに向かうと知って、キビヤックはすぐにきなこの強化のためだと気づいた。

 しかし、丈二たちだけでは加速の秘密に気づくか怪しかった。

 それを気づきやすい環境を作るために、『ベクトルミエール』なんて役に立たない物まで作ったのだ。


「他の奴らはひよこが優勝するなんて、夢にも思わずに賭けに挑むことだろうな」

「つまり……一人勝ちってこと?」

「その通りだ! バカなギャンブル中毒者どもから搾り取ってやる。くっくっく……」

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