第116話 三半規管ぶち殺し羊

「うーん。どうして、あんなにスイスイ動けるんだろうな……」

「ぴぃ……」


 丈二たちは原っぱに座りながら、羊を観察していた。

 おはぎやきなこ、そして犬猫探索隊はオヤツをもぐもぐと食べている。

 ピクニック気分だ。

 しかし、空ではゴロゴロと雷が鳴っているため、ピクニック日和とは言えない。


「それさえ分かれば、きなこの走りに参考に出来るのかもしれないけど……」

『ダァー!! ハッハッハハー!! くだらないことで悩んでいるようだなぁ!?』

「な、なんだ!?」


 どこからか響いてきた笑い声。

 丈二はキョロキョロを見回すが、人影はない。


『おい、こっちだ! 上だ!』

「上?」


 空を見上げると、小さな円盤が浮いていた。

 まるでおもちゃのUFOだ。

 そこから声が響く。


『クジラの時以来だなぁ! 俺様こそが天才犯罪者! ドクタァァァ――げほ! がほっ!』

『キビちゃん叫びすぎ、はい。お水』

『あ、ありがとう』


 どうやら、キビちゃんは叫びすぎでせき込んだらしい。

 別の誰かから水を貰ったらしく、ごくごくと音が響いた。


『キビヤック様だ!!』

「あ、うん。久しぶりだな……」


 自称天才犯罪者の締まらない登場に、丈二も困惑。

 そもそも、なにをしに来たんだコイツは。


『腑抜けた面で、ピクニックを楽しめるのは今だけだ! 見ていろ!』


 UFOはスイーっと動き出す。

 目指している先は、羊のモンスター。

 その頭に勢いよく突撃。

 しかし、ぶつかったわけではない。頭の上に、ふわりと静止した。


「めぇ? めぇぇぇぇ!?」

「な、なんか帽子みたいになったぞ……?」


 UFOは羊の頭にドッキング。

 まるで帽子のように引っ付いていた。


 羊の目から、光が消えた。人形のように、がくんと首から力が抜けた。

 そして例のごとく、電気を走らせながらふわりと浮かび上がる。

 

 ひゅん!!

 羊は勢いよく加速。

 その突撃先は。


「お、俺か――ごふっ!?」

「ぐるぅ⁉」

「丈二殿!!」


 羊はふわふわの毛で丈二にタックル。

 毛が緩衝材になったため、痛くはない。

 しかし、空中に吹っ飛ばされる。

 

『人間、ゲットだぜ!』


 羊の帽子と化したUFO。

 そこからアームが伸びで、丈二の体を掴む。

 そのまま羊の背中に固定。羊は勢いよく飛び続けた。


 ひゅうひゅうと突風が丈二の頬を撫でる。

 ジェットコースターにでも乗っている気分だ。

 せめて安全だけは保障して欲しい。


「うぉぉ!? どこに連れて行くつもりだよ⁉」

『お前を誘拐して身代金を稼ぐのだ!』

「ゆ、誘拐⁉」


 身代金と言われても困ってしまう。

 現在の丈二家はそこそこ稼いでいる。

 配信活動や、そこから来た案件のおかげだ。


 しかし、ほとんどはモンスターたちのエサ代と、牧場の発展のために使っている。

 貯金も多少はあるが、それは万が一のためのもの。キビヤックに持っていかれるのは困る。


「う、家に金なんてないぞ!?」

『クックック……丈二家に無くても問題はないさ。おはぎダンジョンでは、モンスターレースを開催するんだろう?』

「それがどうしたんだ?」 

『もし、おはぎダンジョンの所有者であるお前がいなくなれば、レースどころじゃなくなる。レースが無くなれば、出資者たちも困る。多少の金額はポンと出してくれるさ!』


 キビヤックの目当ては丈二家ではなく、レースに出資している企業たち。

 このままでは西馬に迷惑がかかってしまう。

 丈二はガチャガチャと身をよじるが、アームにぎっちり拘束されて動けない。


『無駄だ! ただの回復職の力じゃ動けない!』

「くそっ!!」


 このままではマズい。

 羊の走行速度は驚くほど速い。なにせ、きなこの直線速度と対抗できるほどだ。

 おはぎや、犬猫探索隊の助けは期待できないかもしれない。

 丈二の額に冷や汗が流れる。


「ぴぃぃぃ!!」

「きなこ!!」


 バリバリと雷を引き連れて、きなこが走る。

 過去最高速を記録しているかもしれない。

 グングンと羊に迫って来る。


『無駄だぁ!!』

「ぴぃ!?」

「うげぇ!?」


 がくん!!

 羊は勢いよく右に曲がる。

 丈二の内臓も引っ張られた。もっと丁寧に運転してくれ。


 どれだけ速くとも、いや速いからこそきなこは曲がれない。

 羊に距離を引き離される。


「無駄なのはお前にゃ……!」


 バッと羊の前に飛び出す影。

 それは犬猫探索隊の黒猫だ。その気配に全く気付かなかった。

 それに、きなこや羊に少し遅れたとはいえ食らいついてきた。

 驚異的な速さだ。

 半蔵の元で修業をしてきた成果が出ているのだろう。


『データよりも速いだとぉ!?』

「丈二を返して貰うにゃ」


 黒猫はUFOに目掛けてナイフを振るった。

 ぐるん!!

 ナイフが当たる直前に、羊は空中で一回転。

 キレイなバク転を決める。


「うえぇ……それ止めてくれ。気持ち悪くなる」

『人質が文句を言うな!!』


 羊はぐるんと方向転換。

 黒猫から離れるように加速した。


「ぴぃぃ!!」


 きなこが走って来る。

 黒猫はふっと姿を消した。再び奇襲の機会をうかがっているのだろう。


「もう諦めろ。いくら何でも二匹からは逃げられないだろ……マジで気持ち悪くなってきたから諦めてくれ……」


 羊は乗せられた丈二に構わず、ぐりんぐりんと不思議挙動で動き回る。

 まるでジェットコースターとコーヒーカップを混ぜたアトラクションのようだ。

 マジで三半規管をぶち殺してくる最悪の乗り物だ。


『クックック……こうなったら秘密兵器を出すしかないようだな』

「ひ、秘密兵器……⁉」


 キビヤックは怪しく笑い続けていた。

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