第114話 アドバイス

「他のは普通に美味い奴だったから油断したぜ……」


 男はまだ涙目だが、辛みが収まって来たらしい。

 軽く鼻を抑えながらお茶をすすっている。


「えっと、お名前をお聞きしても良いですか?」

「俺は『升田豹牙ますだひょうが』だ。よろしくな……丈二さんだっけ?」

「はい。牧瀬丈二です」


 升田が丈二の名前に疑問符を付けると、兎束が首をかしげた。


「升田さん、丈二さんの動画見てないの?」

「見てねぇよ。見ないとレースに参加できないわけじゃないだろ」

「えー、面白いのにもったいない。わさびにだって引っかからなかったのに」

「余計なお世話だ」


 升田はぶっきらぼうに言い放つ。

 兎束は気にした様子もなく、ホットケーキたこ焼きを頬張っていた。

 

「お二人は知り合いなんですか?」

「まぁな、たまにモンスターレースで顔を合わせる」

「日本人じゃ珍しいプロだからね」

「なるほど」


 兎束も升田もモンスターレースのプロらしい。

 ならば、升田からもアドバイスを貰えないだろうか。


「その、きなこの走りについて、升田さんからアドバイスとかは……」

「んなもんねぇよ。なんでわざわざ、敵に塩を送らなきゃならねぇんだ」

「そ、そうですか」


 升田は取り付く島もない。

 まぁ、助言をくれるような義理もない。仕方がないだろう。


 苦笑いを浮かべていると、丈二の袖が引かれた。

 兎束だ。


「丈二さん、私のアドバイス通りにしてくれれば、きなこちゃんはもっと早く走れる」

「あはは……」


 残念ながら兎束の助言は意味が分からない。

 申し訳ないが、参考にできない。


「テメェは人に助言する前に、日本語喋れるようになれや」

「喋ってるけど……!!」


 兎束は静かに激怒。

 升田を睨みつけていた。

 しかし、升田は鼻で笑うと立ち上がる。


「ハッ!! ま、テメェがひよこ野郎に手間取ってくれれば俺は嬉しいぜ。テメェが足踏みしてる間に、俺たちはもっと早くなる」

「にゃーん」


 升田に合わせて、アイスが鳴いた。

 まんま猫の鳴き声だった。


「次は絶対に勝つ」


 升田は兎束をギロリと睨み、去って行った。

 最後の眼光には、執念のようなものを感じさせた。


「なんというか……すごい人ですね」

「升田さんは勝ち負けにこだわり過ぎてる」


 兎束はダイナの頭を撫でる。

 ダイナの尻尾がピコピコと動いた。


「モンスターたちが楽しく走れることが一番大事。勝ち負けは楽しさの調味料でしかない」

「……そうですね」


 丈二はきなこを見る。

 こてんと横になって眠っていた。

 おはぎが毛づくろいをして慰めている。気持ちが良くて眠ってしまったのだろう。


「そうだ。思いついた」

「なんですか?」


 兎束はスマホを取り出すと、何かを入力。

 丈二に画面を見せてきた。 


「きなこちゃんと、このダンジョンに行ってみて」

「このダンジョンにですか?」

「ここに出現するモンスターが、きなこちゃんの走りのヒントになるかもしれない」


 兎束はふふんとドヤ顔をキメていた。

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