第113話 兎とチーター
モンスターたちのコース試走は無事に終わった。
隊長のお怒りなど、細かな問題はあったが全て解決。
むしろ人を入れた時に起こる問題が洗いだせたので、今後に繋がる良い結果になった。
「ぴぃ……」
「そう落ち込むなって……レースの本番はもう少し先だ。練習をして行こう」
「ぐるぅ!」
銭湯の休憩所――闇のロシアンたこ焼きゲームをやった場所だ。
落ち込むきなこを、丈二とおはぎが慰めていた。
試走は無事に終わった。
しかし、一つ問題もあった。
それはきなこの試走結果。
試走の目的は選手たちにコースを確認してもらうこと。
ついでに一周分のタイムも計った。
撮影のスケジュールを組むのに、参考値が欲しかったからだ。
そのタイムの結果。きなこは最下位。
直線の速度は決して負けていなかった。だが、やはり曲がりの速度が問題だった。
「森部分を攻略できれば、トップ争いにも食らいつけると思うんだよなぁ……」
西馬の作成したコースは森を通っている。
ここがきなこにとっての鬼門。
森では木々を避けながら走らなければならない。そうなると、走りがジグザグになってスピードが出せないのだ。
ちなみに、こういった自然を利用したコース構造は、モンスターレースでは一般的らしい。
他の選手たちはスイスイと通り抜けていた。
「ぴぃ……」
「どうしたもんかなぁ……」
「もっと加速すれば良い」
「なにを言って――どわぁ!?」
隣を見ると知らない女性。大学生くらいだろうか。
長い銀髪。ぼんやりと眠そうな目で丈二を見つめていた。
いや、よく考えると知らない女性では無い。
女性のすぐ隣には、角の生えた大きな兎。『ダイナ』がお座りをしていた。
ダイナと一緒に来ていた飼い主だ。
「あの、顔が近いです……」
「ごめんなさい。あまり目が良くない」
女性はバッグからメガネケースを取り出した。
スチャっとメガネを装着すると、なぜかドヤ顔で見て来る。
「あんまり好きじゃないから、普段は外してる」
すぐにメガネを外すと、ケースに戻してしまった。
「……コンタクトを入れれば良いんじゃないですか?」
「目に物を入れるのは怖い……取れなくなりそう」
「そ、そうですか」
丈二は視力が良い方だ。
コンタクトもメガネも無縁である。
しかし、コンタクトが怖い感覚は分かる。
目と言うデリケートな器官に異物を入れるのは抵抗がある。
いや、別にそんな話がしたいわけじゃない。
「えっと、お名前を聞いても良いですか?」
「『
兎束は手元にたこ焼きを持っていた。
サブレたちが販売しているホットケーキたこ焼きだ。
こちらまで甘い匂いが漂ってくる。
兎束はホットケーキたこ焼きを、もぐもぐと食べていた。
「配信を見た時から食べたかった」
「あ、ご視聴ありがとうございます」
「よく見てる。ぜんざいが推し。あとでモフらせて欲しい」
「た、頼んでみますね」
兎束はどこまでもマイペースだ。
隣に座っているダイナも、どこかをぼんやりと見つめている。
生きているのか不安になるくらい動かない。実はデカい人形なんじゃなかろうか。
試走のときの激しい走りが嘘のようだ。
「えっと、最初に『もっと加速すれば良い』って言いましたよね?」
兎束のペースに乗せられたが、そもそもきなこの走りについて話し合っている時に彼女はやって来たのだ。
「言った」
「それってどういう意味ですかね?」
「ん?」
兎束はきょとんと首をかしげる。
「ズバズバズバズバっと行けば良い」
「えっと、もうちょっと詳しく……」
「うん?」
またしても兎束は首をかしげる。
なにが分からないんだ……。
「ソイツにアドバイスを求めたって意味ないぜ」
話に割り込んできたのは大柄の男性。
丈二と同い年くらいだろうか。
ツンツンとセットされた頭。つややかに光る革ジャン。
バイク乗りっぽい雰囲気だ。
すぐ隣には真っ白なチーター。『アイス』を連れ添っている。
「なにせ、話が通じねぇ。喋るだけ無駄だ」
男はたこ焼きを手に持っていた。
つまようじをぷすりと刺して持ち上げる。
兎束はむすっと顔を膨らませた。
「話は通じる。アドバイスもできる」
「はっ!! じゃあ、そのひよこ野郎の走りをもう少しまともにしてみろや」
男はきなこをバカにしたように見下した。
そして、たこ焼きを口に含むと――。
「ぶっ⁉ んん⁉ ん、んんんん!!!?」
「あ、み、水ですか⁉ どうぞ」
毒でも盛られたように苦しみだした男。
丈二は慌てて水を差し出す。
男はごくごくと水と共に、たこ焼きを流し込んだ。
「んぐ――なんだよこれ⁉」
「たぶん。わさびたこ焼きですね」
「ロシアンたこ焼きって、そんなもんまで入ってんのかよ⁉ うがぁぁぁぁ!?」
男は鼻をおさえて、悶える。
「罰が当たった」
兎束はドヤッと微笑んでいた。
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