第107話 たこ焼き
丈二家の居間に、丈二が座っていた。
テーブルには二つの湯飲み。
注がれたお茶から、もくもくと蒸気が上っている。
「本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」
丈二の対面に座っているのは黒いスーツの役人。
ギルドの役人だ。
以前、丈二がギルドと契約を交わした時の人である。
丈二は気まずそうに目をそらす。
役人に向かって、軽く頭を下げた。
「あの、家の猫たちがすいません……」
彼の周りには、丈二家の人懐っこい猫たちが集まっている。
またしても、彼のスーツは毛だらけになって帰ることになるだろう。
「いえいえ、大丈夫ですよ。むしろ可愛い猫たちと触れ合えて、嬉しいサプライズです。それに対策も用意しましたから」
役人はビジネスバッグを漁る。
中から取り出したのは、掃除道具の粘着クリーナー。
いわゆる『コロコロ』だ。
アレで猫の毛を取り除くつもりなのだろう。
「いやぁ、毛を付けたまま帰ったら、部下たちにズルいと怒られてしまいましてね」
役人は朗らかに笑っていた。
意外と緩い職場なのだろうか……。
「さて、歓談はこれくらいにしましょうか。メールでお伝えした通り、今回は丈二様にお願いがあって参りました」
役人はバッグから束になった紙を取り出す。
それを丈二に差し出した。
紙の表紙には『犬猫族露店計画書』と書かれている。
「丈二様たちが計画しているモンスターレース。それの開催に合わせて、犬猫族たちにお店を開いて頂きたいのです」
丈二は受け取った紙をパラパラとめくる。
そこには、お祭りなどで定番の露店の説明や、その出店にかかるおおよその経費が書かれていた。
「必要な経費と、丈二様への報酬はこちらの予算から提供します。その代わりに、利益もこちらで頂きますが」
「こちらとしては露店を出すことは大丈夫です。犬猫族たちも面白がってますから」
この話を犬猫族たちに話したところ、なかなか好評だった。
特にサブレなんかは、張り切ってタコ焼き器を購入。
さっそくタコ焼き作りの練習を始めていた。
「これも犬猫族たちを研究するためでしょうか?」
「その通りです。お店を回して貰うことは、彼らの社会性の確認になりますから」
相変わらずお国の人たちは、犬猫族たちに期待しているらしい。
「ところで、モンスターレース中におはぎダンジョンには、一般のお客様を受け入れることはしないのですよね?」
「はい。テレビ局員、スポンサー、一部の招待客だけを受け入れる予定です」
おはぎダンジョンは広くなってきたが、いくらでも人が入れるわけではない。
そもそも入り口が丈二家にあるのだから、誰でもダンジョンに受け入れるのは難しい。
「良ければ、こちらからも視察として何人が受け入れて頂けると……」
役人はおずおずと言ってきた。
たぶん、この人は自分が見に来たいだけである。
ちょっと申し訳なさそうな態度がそれを物語っていた。
「分かりました。ぜひ来てください」
「ありがとうございます。視察のメンバーは後日メールでお伝えいたします」
役人は深々と頭を下げる。
下げるときに『帰ったらじゃんけん大会ですね』と呟いていた。
まさかのじゃんけん制らしい。
「今回のお話は以上です。具体的な契約については後日行います。ところで――」
役人はごそごそとバッグに手を突っ込んだ。
そこから取り出したのは。
「今回はこんなものも持ってきたのですが」
猫たちが大好きなペースト状のおやつ。
それを見た猫たちは大合唱を始める。
「にゃー」「にゃん」「にゃぁ!!」
目の色を変えて、役人に集まり始めた。
まるでゾンビパニックにような光景だ。
「おお、食いつきが良いですね!? あげても良いですか?」
「大丈夫ですよ」
役人がおやつの封を切ると、一番に突っ込んで行ったのはサブレに似た三毛猫だ。
おやつにがっつこうとして――。
「ちょっと待て」
丈二は三毛猫を持ち上げると、その毛に鼻を当てた。
「猫吸いですか? 私も猫カフェでやります」
「いえ、違います……」
丈二は別に、猫から謎成分を吸収しようとしたわけじゃない。
匂いを確認したかったのだ。
「たこ焼きのソースの匂いが残ってるぞ」
「バレましたにゃ?」
サブレに似た三毛猫ではなく、サブレだった。
どのタイミングから紛れていたのから分からないが、おやつと聞いて突っ込んで行ったのだろう。
「ついさっきも食べただろう? 今回は猫たちに譲ってあげよう」
「うにゃー」
だらんと手足を伸ばしたサブレはうなだれた。
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