第106話 参戦!

「そういえば、丈二さんのところからは出場しないのか?」


 西馬がそんなことを言い出した。

 丈二の頭にはてなが浮かぶ。


 コース設営作業の休憩時間。

 丈二と西馬が、丈二家の縁側で休んでいる。

 夏が近づいているせいで汗ばんだ体に、爽やかな風が吹きつけて気持ちが良い。


「モンスターレースに出場……ですか?」

「おう、何匹も出すわけにはいかねぇけど、一匹くらいなら良いんじゃねぇか?」


 おはぎダンジョンからの出場。

 それは考えていなかった。


「おはぎは出るか?」


 膝の上で丸まっているおはぎに声をかける。

 おはぎはいやいやと首を振った。

 乗り気ではないらしい。


「ぐるぅ」

「まぁ、おはぎはそこまで走るのが早いわけじゃないしな」


 おはぎ以外に出場するとしたら、彼だろう。


「出るとしたら、やっぱりぜんざいさんですかねぇ」


 以前、西馬のダンジョンに行ったとき。

 馬のモンスターであるゴールドラッシュとも競争をしていた。

 ぜんざいも勝負事は好きそうな気がする。


「お、良いねぇ。ゴールドラッシュも喜ぶぜ」

「そういえば、あの時の勝負は流れてましたからね」


 ぜんざいとゴールドラッシュの競争は、ゴールドラッシュに乗っていた西馬のギブアップによって強制終了。

 西馬の尻からドクターストップがかかったのだ。


 そんなことを話していると、おはぎダンジョンからぜんざいが出てきた。

 背中にはきなこも乗っている。


「あ、ぜんざいさん。モンスターレースに出場しませんか?」

「がう?」


 首を傾けたぜんざいに、事情を説明。

 すると、ぜんざいよりも先に手を――羽を上げたのが一匹。


「ぴ! ぴぴぴぴぴ!!」


 きなこはぜんざいの背中から飛び降りる。

 興奮したように、丈二の足元を駆け回り始めた。


「え、きなこが出たいのか!?」

「ぴぴ!!」


 『そうだ!!』きなこは胸を張って答える。

 そう言われても、丈二は困る。

 眉を寄せて西馬を見た。


「モンスターレースって、ある程度の危険はありますよね?」

「妨害は禁止だが、転んだりすれば事故は起こるからなぁ……」


 大きなモンスターにぶつかられたら、小さなきなこでは無傷とはいかない。

 そんな危険にさらすわけにもいかないため、丈二としては手放しで了承できない。


「ごめんな。きなこには危ないから……」

「ぴ⁉ ぴぴぴぴ!!」


 『じゃあ強くなる!』きなこは庭を走り回り始めた。

 どうやら特訓を始めたらしい。

 今から特訓をして、どうにかなるものでもないのだが。


 その様子を見つめていたぜんざいが、小さくうなずいた。


「がう」


 『出してやってくれないか?』ぜんざいが丈二を見つめてきた。


「でも危ないですよ?」

「がう。ぐるる」


 『こいつはかごの鳥ではない』『強くなるために必要だ』丈二を諭すように、ぜんざいの優しい鳴き声が響いた。

 そう言われると、きなこを過保護にし過ぎていたかもしれない。


 生まれたてのふわふわひよこ。

 その愛くるしい見た目から、慎重になっていた。

 しかしきなこもモンスターだ。健全に成長するためには、闘争も必要なのだろう。


「分かりました。きなこを出しましょう」

「ぴぴ⁉ ぴぃ!!」


 きなこは嬉しそうに庭を走り回る

 どのみち走り回るのか……。


「西馬さん。申し訳ないのですが、レースの安全性を上げることはできますか?」

「なんとかなるぜ。魔法が使える奴を雇えば、万が一のクラッシュにも対応できるはずだ」


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 きなこがレースに出場することが決まった。

 きなこは雷のように速く走るため、速度は十分。

 そこらのモンスターには負けないだろう。

 しかし、一つ問題点があった。


 おはぎダンジョンの空き地に、小さな三角コーンが並べられた。

 人が入るくらいに間隔を開けて整列している。


「よし、きなこ。これから曲がる練習を始めるぞ?」

「ぴ!」


 きなこの問題点は、『曲がりが弱い』ことだ。


 きなこは、おはぎと追いかけっこをしていることがある。

 しかし、おはぎにはなかなか追いつけない。

 単純な早さならば、きなこの方が圧勝しているのに。


 追いつけない理由はターンが苦手なこと。

 おはぎが細かく曲がるような動きをすると、それに付いて行けないのだ。


「よじ、あのコーンの間を走っていくんだ!」

「ぴぃ!」


 きなこは元気な返事をすると、走り始めた。

 雷を残して加速していく。

 そして――ポポポポポ!!

 木琴を叩いたような気の抜けた音を響かせて、コーンを弾き飛ばして走って行った。


避けて走るはずが、全弾命中である。


「レースまでに何とかなるか……?」


 コーナーを曲がれないようでは話にならない。

 克服できなければ、出場は難しい。

 あまりにも遅すぎては、見ている人からブーイングが飛んでしまう。


 レースに出場するため。

 きなこの特訓が始まった。

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