第100話 迷子

「退けよ!! クソ犬!!」

「……ぴぃ?」


 少しだけ遠くから聞こえる怒鳴り声で、きなこは目を覚ました。

 何事だろうか。

 縁側から飛び降りて、庭に飛び出す。

 声の聞こえた方に向かおうとしたのだが。


「ぴぃぃ!!」


 目の前を白い蝶々が通り過ぎた。

 パタパタと飛び回る蝶を、きなこは追いかける。


「ぴぴぴぴ」


 追いかけるうちに蝶は丈二家の敷地外へ。

 それを追いかけて、きなこも飛び出してしまう。

 数メートルほど道路を進んだところで、きなこは気づく。


「ぴぴ⁉」


 ぜんざいから『外に出てはいけない』そう言われていたのだ。

 きなこは慌てて家に戻ろうとしたのだが。


 ブロロロロ!!

 道路の向こう側から、車が走って来る。

 改造車なのだろう。けたたましいエンジン音を鳴らしていた。


「ぴぃ!?」


 それはきなこにとっては、未知の怪物。金属の化け物だ。

 慌てて逃げだす。


 ビリビリと稲妻を残しながら走るきなこ。

 その速度は車よりもずっと早い。

 すぐに車からは逃げられたのだが。


「ぴ⁉ ぴぃ……」


 しっちゃかめっちゃかに逃げたため、帰り道が分からない。

 すっかり迷子になってしまった。


 おぼろげな記憶を頼りに、きなこはトボトボと歩き始める。

 ふと、あたりが暗くなってきた。

 空を見上げると、真っ黒な雲が太陽を隠していた。

 雨が降りそうだ。


「カァ!」「カァカァ!!」「カァー」「カァ?」「カァカァ」


 しかも、電線にカラスたちが止まっていた。

 その目はギロギロときなこに向けられている。

 今か今かとチャンスをうかがうように。


「ぴぃ……ぴ⁉」


 こてん!

 怖くて後ずさったきなこが、転んでしまった。

 その瞬間。


「カァカァ!!」「カァ!!」「カァカァ!!」「カァカァ!!」「カァ!!」


 カラスたちがきなこに飛び掛かって来る。

 目の前が黒い羽根におおわれた。


「フシャー!!」「グルォォン!!」「マーオ!!」


 猫たちがカラスに飛び掛かる。

 突然の奇襲にカラスたちもたじたじた。


 目の前で繰り広げられる野生の戦闘。

 温室育ちのきなこには刺激が強すぎた。


「ぴぃ……ぴぃ!!」


 その場から逃げ出す。

 ちょこちょこと短い脚を動かして、必死に逃げる。


 ぽつん。

 きなこのくちばしに水滴が当たった。

 雨だ。


「ぴぃ!!」


 きなこは雨を避けれそうな場所に走り出す。

 たどり着いたのは橋の下。

 きなこが避難すると共に、ザーザーと雨が強く振り付け始めた。


 雨音がきなこを責めるように響く。

 どうして、ぜんざいとの約束を破ってしまったのか。

 もう家には帰れないのか。

 

 丈二やおはぎと遊べない。

 ぜんざいと一緒に昼寝もできない。


「ぴぃ……ぴぃ……」


 悲しくて鳴き声をあげるが、誰にも届かない。

 雨音に遮られて、橋の下で反響する。

 その音はただ、きなこにだけ聞こえた。


 はずだった。


「がるぁぁ!!」


 ザーザーと降りしきる雨の向こう側から、ぜんざいが橋の下に飛び込んできた。

 その体はびしょびしょだ。

 雨の中、あちこちを走り回ったことが分かる。


「ぴぃ……ぴぃ!!」


 きなこがトテトテと走り寄る。

 

「ぐるぅ」


 ぺろぺろと、ぜんざいは優しく毛づくろいをしてくれた。

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