第85話 源泉

 とりあえず、簡易温泉が完成した。

 丈二の前には、温泉っぽい雰囲気の浴槽が作られている。

 石を敷き詰めて作った池みたいなやつだ。まだ、お湯は入っていないが。


 浴槽は広く、フルサイズのぜんざいが難なく入れるくらいに大きい。

 中心の方に行くにつれて深くなっている。

 そこに、べったりとたいやきが寝ころんでいた。


「よし、温泉を出してくれ!」

「ぐおぉぉん」


 丈二が合図を出すと、たいやきが背負った山からどくどくとお湯があふれ出した。

 ダンジョンではドッカンドッカンと爆発させて溶岩を振りまいていたが、常に溶岩が溜まっているわけではない。

 ヴォルグジラの背中に付いた噴出孔から出る溶岩が積もって、山のような形になっている。

 そして、その噴出口からはお湯を出すことも可能だ。こうして湧き出るお湯には、まさに温泉のように様々な成分が詰まっているらしい。

 効能の方も期待できる。

 ちなみにヴォルグジラ自身も、こうして湧き出した温泉に浸かる生態があるらし。


「すごいな。本格的な温泉みたいだ」


 みるみるうちに湯船に溜まったお湯は、もくもくと白い煙をたてている。

 まごうことなき温泉だ。

 丈二がそっと湯船に触ってみると。


「あっつ!?」


 ものすごく熱かった。

 おじいちゃんが沸かせたお風呂くらい熱い。

 入れないことはないが、もっと冷まして欲しいくらいの温度。

 押すなよ。押すなよ。って感じだ。


「ぐるぅ♪」


 ばしゃん。

 おはぎが湯船に飛び込んだ。さすがはドラゴン。これくらいの熱さはなんてことないようだ。

 おはぎは、ぱしゃぱしゃと犬かきで泳ぐ。久々の広いお風呂だ。プール感覚で楽しんでいるらしい。


「きゅおーん!!」

「ん? うわっちゃあ!?」


 バシャーン!!

 どらやきがおはぎの真似をして湯船に飛び込んだ。

 おはぎなんて比じゃないくらいに水しぶきが飛ぶ。

 熱いお湯が丈二に襲い掛かった。全身びしょぬれだ。


「きゅおーん……」


 しゅんとした様子でどらやきが近づいて来た。

 うっかりはしゃいだ結果なのだろう。

 反省しているようだ。


「いや、大丈夫だ。だけど、次からは気を付けような……」

「きゅおん!」


 元気を取り戻したどらやきは、ぱしゃぱしゃとおはぎの元に泳いでいった。

 頭におはぎを乗せて、一緒に泳いでいる。

 彼らにとっては、どこでも遊び場になるようだ。


「うん。いい感じだな」


 最終的には、ここを源泉として複数の湯船にお湯を供給できるようにしたい。

 せめて、男湯と女湯くらいは分けられるように。


 だが、モンスターたちが入る分には十分だろう。

 彼らは基本的に裸だ。

 男女で分ける理由もない。


「でも、体を乾かす場所くらいは準備しておかないとな……濡れたままじゃ風邪をひきそうだ」


 丈二が温泉を眺めながら、今後のことを考えていると。

 ぬっ。丈二の体が影に隠れた。

 後ろを振り向けば、そこにはぜんざい。


「あ、ぜんざいさん。こんな感じでどうですか?」

「ばう」


 『うむ』短く返事をすると、のしのしとぜんざいは歩き出す。


「あ、まだ熱いです――!」


 ちゃぽん。

 ぜんざいは熱さをものともせず、温泉に入っていく。

 普通の犬相手なら、虐待を疑われるような温度。

 たぶん、コボルトたちだって辛い熱さだが、ぜんざいには問題ないらしい。


 温泉は奥に行くほど深い。

 半身ほど浸かる場所まで進むと、ぜんざいは腰を下ろした。


「ぐぁぁぁ」


 体から何かを吐き出すように、欠伸に似た鳴き声を上げた。

 気持ちが良いらしい。気に入ってもらえたようだ。


「ぎゅおぉぉん」

「ぼふ」


 たいやきがぜんざいに近づき、なにやら話していた。

 どうやら、『拙い温泉で申し訳ない』『いや、とても素晴らしい』。みたいなやり取りをしているらしい。

 『粗茶ですが』『結構なお手前で』みたいなノリなのだろうか。


「いや、どこから、そんなやり取りを学んだんだ……」


 ぜんざいは分かる。

 ぜんざいは映像作品を楽しむことも多い。

 最近は見放題のサブスクで、映画を楽しんでいる。


 爪を使って器用にリモコンを操っていた。

 初めて見た時は驚いた丈二だが、もはや日常風景。


 そのため、人間的なやり取りは熟知していてもおかしくない。


 だが、たいやきはドコから学んだのだろうか。

 彼女はテレビを見たことがないはず……。

 その疑問はすぐに溶けた。


「ここで出会ったが百年目。おっとさんの仇にゃ!」

「にゃはははは! 小僧ごときにやられる俺じゃないにゃ!」


 猫族たちが木の枝を持って遊んでいた。

 まるで小学生男児のようだ。――まぁ、男は何歳になっても良い枝があると拾いたくなるのだが。それはともかく。

 どうやら、ドラマの真似をして遊んでいるらしい。

 猫族たちの寸劇を見て、たいやきも覚えたのかもしれない。


「……あんまり変な物を見せないように気を付けよう」


 現代社会について学んでくれるのは良い。

 しかし、間違った常識を学ばれると、修正が難しそうだ。


「ぎにゃー!? やられたにゃー!!」


 猫族の断末魔が響いた。

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