第83話 クジラがやって来る
「きゅおーーん」
悠々と空を泳ぐヴォルグジラの親子。
二匹は丈二たちを見つけると、ふわりと飛んできた。
「さっきはごめんな。置いていくことになっちゃ……って?」
丈二の言葉が失速する。
ぴきん!
ヴォルグジラの親子と、丈二の何かが繋がった気がした。
丈二たちをダンジョンに入れてくれた初老の男性。
男性は不思議そうに丈二を見る。
「おや、どうかしましたか?」
「どうやら、懐いてしまったようでして……」
「あらら、それは困りましたねぇ」
ヴォルグジラが懐いてくれたのは、丈二としては嬉しい。
そもそも、温泉づくりを手伝ってくれそうなモンスターに懐いてもらうために来たのだ。
願ったり叶ったりである。
だが、親子なのが問題だ。
先ほどまでの密猟事件もそうだが、ヴォルグジラの子供、そして子供を育てている親に手を出すのは禁止されている。
密猟はもちろん駄目。手懐けて連れて帰るのも……ダメな可能性が高い。
懐かれた本人である丈二は、懐かれたことがなんとなく感覚的に分かる。
だが、はたから見れば、本当に懐いたのか、もしくは何らかの方法で無理やり服従させているのかなんて分からない。
「……どうするかなぁ」
連れて帰るわけにもいかない。
だが、懐いてくれた子たちを放って帰るのも忍びない。
家でペットを飼えないのに、捨て犬に懐かれてしまったような感覚だ。
「とりあえず、ギルドなんかに聞いてみたらどうですかね。それとも、私の方から確認を取ってみましょうか?」
男性がそう提案する。
そこで丈二は思い出した。
つい先日、丈二はギルドの役人と連絡先を交換している。
頼んでみたら、なんとかしてもらえる……かもしれない。
望みは薄いが、ものは試しだ。
「いえ、連絡先を知っている方が居るので、私の方から電話してみます」
丈二はスマホを取り出し、電話をかけてみる。
名刺に書いてあった番号は登録済みだ。
数コールで応答があった。
「もしもし、牧瀬です。突然のご連絡申し訳ありません――」
軽い挨拶を済ませて、電話口で事情を説明する。
すると、意外なほどあっさりとした返答が帰って来た。
「それでしたら、連れて帰っても大丈夫ですよ」
「え⁉ 良いんですか?」
「はい。先日交わしていただいた契約の中には『特別保護モンスター』の飼育を許可する物もありましたから」
たしかに、丈二が交わした契約書の中には、そういった項目もあったはずだ。
しかし、丈二は勘違いしていた。
「え、あれって猫族やコボルトの話じゃないんですか?」
「いえいえ。猫族やコボルトを含む『特別保護モンスター』です」
猫族やコボルトは、討伐や捕縛を禁止する『特別保護モンスター』に指定されるとは聞いていた。
まさか、子供のヴォルグジラが同じくくりに入っているとは知らなかった。
「それに、ヴォルグジラの飼育はこちらからお願いしたいくらいですよ」
「お願いしたい……ですか?」
「はい。ヴォルグジラは一時期は絶滅の可能性が考えられていたようなモンスターですが、一方で生態によく分かっていない部分も多いんです」
そもそも、モンスターの生態研究そのものが遅々としているらしい。
モンスターが闊歩する危険なダンジョンに入り込んで、研究や調査をできる学者は限られている。
その一方で、新しいダンジョンの出現と共に新種のモンスターは次々に現れている。
まったく研究は追いついていない。
「牧瀬様のもとで、ヴォルグジラの生態に関して調べることが出来れば、ヴォルグジラという種の保存の大きな助けになります」
「なるほど……」
丈二はぼんやりと動物園を思い出していた。
動物園と言えば、様々な動物を見れるレジャー施設としての側面が強い。
しかし一方で、動物の研究や種の保存を目的としている研究施設でもあるのだ。
そういった働きを、おはぎダンジョンに求めているのだろう。
「分かりました。喜んでヴォルグジラたちを連れて帰ろうと思います」
「よろしくお願いします。ギルドや、ダンジョンの管理者のほうには私から連絡を入れておきます」
「ありがとうございます」
別れの挨拶を終えると、丈二はスマホをしまう。
「きゅおーーん!」
「うぉ!?」
子供のヴォルグジラが、ぼよんと体当たりしてきた。
そこまで強い衝撃はない。ヴォルグジラが浮かんでいるおかげだろう。
だが、少しよろめいてしまった。元気のいい大型犬に飛びつかれたときのようだ。
「よしよし、これからよろしくな」
「きゅおーん!」
ちょっとした事件はありつつも、丈二たちはヴォルグジラたちを迎えることができた。
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