第82話 おひとつどうぞ
キビヤックとの電話が切れた後。
密猟者たちと、丈二たちが転移したトラックの運転手が逮捕された。
逮捕された密猟者たちには、現場に集まっていた警察の元で簡易的な聴取を受けたらしい。
それによると、ヴォルグジラ密猟の実行者たちは三人。
全員がSNSを通じて高額なバイトを請け負い、今回の事件に関与するまでは無関係。
ロボットやトラックなど、物資の提供は顔を隠した人物によって行われたらしい。
そして『ドクター・キビヤック』と名乗った人物に関しては何も知らない。
そんな話を丈二たちはダンジョンを進みながら聞いていた。
先ほどまで入っていた火山ダンジョンだ。
ちなみに配信は終了済み。
「……それって話しても大丈夫なんですか?」
「ええ、問題ありませんよ。あ、でもネットにばら撒かないでくださいね?」
そう言って、丈二の前を歩くのは初老の男性だ。
グレーのスーツを着ている。やや小太り。ゆでガニのように赤い顔をしている。
酔っぱらっているのかとも思ったが、本人曰く『糖尿予備軍で引っかかってからは、お酒は控えてるんですよ』とのことだった。
「しかし、助かりましたよ。あのままじゃダンジョンに入れませんでしたから……」
密猟者たちが逮捕された後。
丈二たちはヴォルグジラたちに会うために、ダンジョンに戻ろうとした。
しかし、警察が中を調査するために立ち入りを禁じられてしまっていた。
仕方がないので、後日にまた来ようかと考えた丈二。
そこに現れたのが、この男性だ。男性が『私が一緒に入るから、入れてあげてよ』と言って警察手帳を見せると、あっさりと立ち入りを許可してくれた。
「無駄に年を取っただけの老体が、少しでも役に立ったなら何よりです」
男性はにこにこしながら、丈二たちを見る。
縁側から孫を見るおじいちゃんのような笑顔。
しかし、体力的な面では全く違うらしい。
ゴロゴロとした岩が転がるダンジョン。丈二でさえふらついて、寒天に支えられながら歩いている道。
男性は、そこをひょいひょいと歩いていく。
警察の人は強いと丈二は聞いたことがる。冒険者崩れの犯罪者などを捕まえるためだ。
その実力は年をとっても変わらないらしい。あるいは、この男性が特別なのか。
「ぐるぅ?」
おはぎはパタパタとはばたきながら、男性に近づいた。
クンクンと鼻をならしている。
男性のポケットに何か入っているのだろうか。
「お、キミは鼻が良いねぇ。優秀な警察犬になれそうだ。いや、警察ドラゴンかな?」
男性はポケットから袋を取り出した。
コンビニで売っている、酒のつまみでも入っていそうな袋だ。
中身は……クルミらしい。
「食べれるお菓子も減っちゃってねぇ。これが数少ない楽しみなんですよ。ま、たくさんは食べちゃだめなんだけどね。あげても良いですかな?」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、おひとつどうぞ」
「ぐるぅ!」
男性はクルミをつまむと、おはぎに差し出した。
『ありがとう!』おはぎはそのクルミを口に入れてもらうと、あむあむと食べている。
コリコリとした食感が楽しいらしい。
「他の子たちも食べますかな?」
「クーヘンたちはどうする?」
「……いただきます」
クーヘンは少し悩んでいた。
探索隊としての仕事中という義務感と、食欲が戦ったのだろう。
結果、食欲が勝ったようだ。
探索隊も一人一つ貰うと、もぐもぐと食べる。
ついでに寒天にも、ぽちゃんと入れてもらった。
丈二はいつも疑問に思うのだが、あのふよふよと浮かべている状態で味は分かるのだろうか。
「丈二さんはどうしますか?」
「いえ、俺は大丈夫です」
「そうですか。私もおやつの時間まで我慢ですな」
男性はそう呟くと、ポケットにクルミの袋を戻した。
「ところで、丈二さんに一つお聞きしたいことがあるんですが」
「はい。何ですか?」
「丈二さんはキビヤックのことを、どう感じましたか?」
「どう感じたか……ですか?」
丈二は質問の意図を測りかねる。
なにが知りたくて、丈二にキビヤックのことを聞いているのかと。
しかし、男性も困ったように頭に手を当てた。
「実は、私には前々からキビヤックを捕まえるように命令が出ているのですが……いかんせん、アイツは逃げ足が速くて。影も捕まえられていないような状態なんですよ」
前々から。ということはキビヤックは以前から問題を起こしているのだろう。
そして男性には、そのキビヤックを捕まえるように命令を受けているが、上手くいいていないらしい。
「若いころなら、気合と根性でなんとかしたのですが。この年齢になるとさすがに辛くてね。少しでもヒントが欲しいのです。そこで、実際に会話した丈二さんなら何か気づいたことはないかな……と思いまして」
男性もなにが知りたいとハッキリしているわけではないらしい。
なんでも良いから、気づいたことを聞きたいようだ。
とりあえず、丈二は感じたことを話してみることにした。
「実は、キビヤックの話し方がコボルトや猫族に近いなと感じました。たぶん、私が気づけたことはそれくらいです」
丈二にも具体的にどうと表現できるわけではない。
ただ、なんとなく人間とはちょっと違う発音の仕方をしているような気がした。
「ほうほう。それは丈二さんらしい気づきですな。とてもありがたい情報です。ご協力感謝します」
などと丈二たちが話していると。
「きゅおーーん」
遠くの空から、大人と子供。
二匹のヴォルグジラが飛んできているのが見えた。
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