第81話 キビちゃん

 電話口から聞こえた爆音。

 スマホがスピーカーモードになっていた。

 そのため、丈二たちにも視聴者たちにもしっかりと聞こえた。


 それに対して、丈二たちは静まった。

 いったい電話の相手は何を言っているのか分からない。

 ぽかんと、コイのように口を開けてしまう。


『えぇ……?』『なんで? なんで犯罪者が電話してきたの?』『なんかクソガキみたいな声してない?』『いたずら電話か?』


 配信のチャット欄も困惑している。

 電話の相手。自称『ドクター・キビヤック』が何を目的として電話をかけてきたのか。

 誰も真意を測れないでいた。


「おいおい。チャットの奴らもノリが悪いじゃねぇか。このキビヤック様の初の声出しなんだ。もっと盛り上げろ!」

「えっと……いたずら電話なら切るけど?」

「いたずらじゃねぇよ!!」


 いたずら電話かな?

 丈二はそう思ったのだが、違うようだ。

 電話相手の声が舌足らずな感じがしたため、子供がふざけているのかと思った。

 

 幼さを感じる発音。

 あるいは、猫族やコボルトのような、不慣れな発音に似ている。


「もう一度言うぞ。俺様は天才大犯罪者! ドクター・キビヤック! いずれ地球を征服して、貴様ら人間を支配する。未来の大魔王だ!」


『草』『ぶっ飛びすぎてて笑えて来るわwww』『大魔王(笑)』『やっぱ中二病のいたずら電話だろwww』


 やはり何を言っているのか分からない。

 だが、このままでは話が進まない。

 とりあえず丈二は話を聞いてみることにした。


「それで、キビヤックはどうして電話をかけてきたんだ?」

「丈二の配信を利用して、俺様の存在を知らしめるためだ。現在、お前の配信はとても注目されているからな。せっかくだから利用させて貰うぞ!」


『大魔王が売名行為かよwww』『威厳がないなぁw』


「はっ! チャット欄の奴らも今のうちに笑っておけ! 近いうちに、俺様の名前を聞くだけで震えあがるようになるからなぁ!!」


 どうやら、キビヤックは目立ちたくて電話をかけてきたらしい。

 なんとも俗物的。

 迷惑系動画投稿者みたいな奴である。


「じゃあ、キビヤックはなんで密猟者の電話を知ってたんだ?」

「俺様が、そいつらの雇い主だからだ。今回の計画『子供ヴォルグジラ捕獲作戦』で必要な物を提供したのも俺だ。……もっとも今回の計画は、俺様がいくつも手掛けている金儲けの一つに過ぎないがな!」


 最後の方はアピールするように叫んでいた。 


「雇い主って……冗談なら早く撤回したほうが良いぞ? 本当に捕まるかもしれない」

「捕まるわけないだろう! そいつらはSNSで雇ったバイト。物資の提供ルートも徹底的に足がつかないようにしている。俺様にたどり着ける奴なんて存在しない!」


『アニメの見過ぎやwww』『そんな上手くいくわけないやろwww』


 チャット欄に茶化されるキビヤック。

 丈二としても半信半疑だ。

 捕まると言われても冗談を言い続けるとも思えない。

 だが、本当の話とも思えなかった。


「なんだ! まだ信用しないのか! なら良いだろう。今から俺様が本物の雇い主だと証明してやる! ちょっと待ってろ!」


 キビヤックは電話の向こう側でなにやら、ごにょごにょと話していた。

 話している相手の声がくぐもっている。

 別の相手と電話でもしているのだろうか。


「よし。お前らは目印のポールの周りに集まれ! 別に危険はない(はずだから)、安心しろ!」


 途中、ごにょごにょと何か挟んでいたが丈二にはよく聞こえなかった。

 ポールの周りに集まれと言われたが、『はい、わかりました』と言うことは聞けない。

 なにか危険があるかも。そう丈二は警戒していたのだが。

 密猟者の二人がそそくさとポールの周りに集まった。


「あの、俺たちが言うことを信じて貰えるか分かんないですけど……たぶんダンジョンの外に出してくれるだけですよ?」

「……ダンジョンの外に?」


 こんな所からダンジョンの外に出られるわけがない。

 だが彼らに嘘を言っている余裕もないだろう。

 疲れ切った顔をしている。さっさと外に出たいとしてか考えてなさそうだ。


「まぁ、近づいてみるか……」


 丈二、おはぎ、寒天、犬猫探索隊。みんなでポールに近づいてみる。

 ロボットは重くて動かせないため、密猟者たちは放っていくらしい。

 なんなら、馬鹿にされただけで何も起こらない可能性も高い。

 そう、丈二は思っていたのだが。


 視界が切り替わった。

 ダンジョンが出入りするときと同じ感覚。


 気づいたときには丈二たちの前には壁があった。

 金属製の壁。

 左側は薄暗い。右側から明かりが差し込んでいるそちらを向くと。


「な!? ジョージさん……ですよね?」


 垂れ下がるように扉が開いていた。どうやら、丈二たちは大型トラックの荷台に乗せられていたらしい。

 トラックの外からは二人の警察官が覗き込んでいた。

 突如として現れた丈二たちに驚いている。


「左側を見ると良い。それが俺様の発明!」


 スマホから流れるキビヤックの声に従って左を見る。

 そちらには木を模した何かが置かれていた。

 金属製の本体。

 ガラス製のつぼみのようなもの。そこには緑色の液体と共に、ナメクジが浮いていた。


「名付けて『ダンジョン・ハッカー』だ! これを使えば、正規の入り口以外からもダンジョンに入れる優れモノだ!」


『すげぇ!?』『マジもんだったのか……』『キビヤックさん、あのロボット俺にもください!』


「……まぁ、入るためにはダンジョンの木に近づかなくちゃならんし、行き帰りはしっかり座標を合わせないとヤバいことになるんだが」

「ちょっと待ってくれ。もしかして俺らはめちゃくちゃ危ない橋を渡ったんじゃないか?」

「いやいや、ほぼ安全だぞ! 完成品以降の失敗は二回だけだ。その二回だって、使った奴らがちゃんと言うことを聞かなかっただけで……」


 などと言い訳を重ねていたキビヤック。

 だが、ハッと息を吸うような音が聞こえた。


「って、そんなことはどうでも良い! これで俺様が本物だと分かっただろう! 近いうちに貴様らは、このキビヤック様の声を聞くだけで震えあがるように――」

「キビちゃん。もうカップ麺できてるよ?」


 ガチャリ。

 ドアを開くような音。

 その後に幼い女の子の声が聞こえた。


(あれ、この声、どこかで聞いたような……)


 丈二はその声に聞き覚えがあった気がしたが、心当たりがない。

 ゲームか何かで似たような声を聞いたのだろうかと納得する。


「俺様のことはキビヤック様と呼べと言っただろうがぁ!? それに今は忙しいんだ! 麺なんて伸ばしておけ!!」


『なんだこれwww』『親フラかな?w』『それにしては声が幼いだろwww』


「でも、400円くらいする高いやつだよ?」

「なにぃ!? それを早く言え!!」

「ついでに、この間のも食べよう。半分こしよう」


 スマホの向こうからドタバタと音が響く。

 ご飯の準備でもしているのだろうか。


『カップ麺に釣られる大魔王……』『そんな麺には釣られキビー』『キビちゃん。もっとちゃんとしたもの食べないと大きくなれないよ?』


「じゃあな丈二! 俺様の計画を邪魔したこと、今回だけは許してやる! 次はないからな!」


 ブツリ!

 乱暴にスマホの通話が切られた。

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