第76話 暑さ対策

「これから行くダンジョンは、ずいぶんと暑いらしいんだよね」


 鉄の箱のような建物。そこは国がダンジョンの入り口を管理している場所だ。

 開かれた分厚い鉄の扉を通った先。そこに設置された駅の改札のような設備が設置されていた。

 丈二はそこにカードをかざしながら通る。その背後に付いているのは、おはぎと寒天。

 彼らは丈二が開いたゲートをそのまま素通りする。


 さらに後ろには犬猫探索隊のメンバー。

 彼らは、各々が持っているカードを通していた。すでに全員の探索者登録が終り、一人の探索者として認められていた。

 今回も、彼らに付いてきてもらった。探索者としての活動に慣れてもらうためだ。


 ぜんざいは今日もお留守番。

 犬猫探索隊の後進を鍛えてもらっている。


「だから、入る前にこのスプレーをかけておこう」


 丈二は背中のリュックから、虫よけのようなスプレー缶を取り出した。

 缶には『ひんやり爽快!!』と書かれている。


「これをかけておくと、暑さが和らぐらしいんだ」


 いわゆる、冷却スプレーの一種だ。

 しかし、一般的に使われている物とは性能が違う。

 なにせ熱さで過酷なダンジョンに、探索者が挑むための対策グッズだ。

 ダンジョンから採れる植物や、モンスターの素材を使ったものであり、長時間に渡ってしっかりと体温を下げてくれる。


 ちなみに、冬場に使うと凍死の可能性があるため、一般向けには流通していない。

 たとえ売っていたとしても、結構な値段が張るため夏の暑さ対策などにはおいそれと使えないが。


「これをかけるだけで良いのですか?」


 クーヘンが不思議そうにスプレーを見つめている。

 疑っているわけではないようだが、いまいちピンとこないのだろう。


「なんだったら、中に入ってから使ってみるかい? たぶん、そっちのほうが違いが分かりやすいだろうから」

「わん」


 クーヘンがうなずいた。

 それでは、先にダンジョンに入ってみるとしよう。


 丈二は、広い部屋の中央に向かう。

 そこにあった、半透明な木に触れた。

 パッと視界が切り替わると共に。

 ぶわっ!!

 ねばりつくような暑さが体を包み込む。


 視界が黒と赤に染まった。

 地面も壁も、黒い岩肌におおわれている。

 遠くには少し高い山が見える。その頂上からは真っ赤な溶岩がだらだらと流れていた。


 ここが、丈二たちが進んで行くダンジョンだ。

 火山地帯のダンジョン。

 その過酷な環境から、あまり探索者には人気がないらしい。

 こう景色が黒いと映像映えもしないだろう。ダンジョン配信者にも人気はなさそうだ。


「あ、暑いですな……」


 丈二を追って入って来た面々は辛そうにしている。

 犬猫たちはふわふわした毛におおわれているため、余計に暑いだろう。

 寒天は相変わらずの無反応。しかし全身が水分だ。下手をすればグツグツとゆだってしまうかもしれない。


「ぐるぅ?」


 おはぎだけは、暑さが苦ではないようだ。

 『大丈夫?』と周りを気にしている。

 ドラゴンはとても強いモンスターだ。

 環境の変化なんてものは、なんともないのかもしれない。


「早くスプレーを使ってみようか……」


 入って数秒だが、丈二も汗がだらだらと流れてきていた。

 まるでサウナに入っているような気分だ。

 このままの状態で探索しろと言われたら、絶対に拒否するだろう。

 だが、丈二たちには対策手段のスプレーがある。


 ぷしゅー。

 早速、自分に振りまいてみると。

 すーっと暑さが和らいでいった。

 暑さは多少感じるが、ぽかぽかした感じ。むしろ心地が良いくらいだ。

 このまま眠れるかもしれない。


「これは凄いな! ほら、クーヘンたちにもかけてあげるよ」


 丈二は順々にスプレーをかけていく。

 犬猫たちも、ぐったりとしていたのが一変。

 ずいぶんと楽になったようだ。


 ぷるん。

 寒天も心なしか体の弾みが良くなった気がする。


「ぐるぅ?」


 おはぎだけは、いまいち不思議そうにしていた。

 体温の変化は感じているのだろうが、苦しさという意味では変化がないのだろう。

 ドラゴンの強さを感じさせる。

 おはぎはいつも心強いが、今回のダンジョンでは特に頼りになる。


「それじゃあ、暑さ対策もすんだことだし、今回の目標に関しては進みながら話そうか」


 ビシッ!

 相変わらず軍隊染みた敬礼で、犬猫探索隊たちは応えてくれた。

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