第74話 アイス泥棒

「せんぱーい、コンビニに行く予定とかないですかぁ?」


 夜の八時ごろ。

 パソコンに向かっていた牛巻が、猫なで声でそんなことを言ってくる。

 元々Vtuberをしていたこともあって、可愛い声をしていた。


 牛巻はたまに丈二の家に泊まっていくことがある。

 編集作業が波に乗っているときに集中を切らさないため。

 あるいは、単純に家に帰るのが面倒なため。

 今日は半々と言ったところのようだ。


 牛巻はおはぎと共に風呂に入り、寝間着に着替えている。

 寝間着では抑えきれていない胸元が目に毒。

 牛巻はいちおう従業員。視線に気づかなかければセクハラになってしまう。

 丈二は目をそらしながら答えた。


「そんな予定ない」

「わたしぃ、アイス食べたいんですけどぉ」


 そう言って牛巻がスマホを見せてくる。

 そこには動画サイトで何度か見たことのある広告が流れていた。

 ちょっとお高めなアイスのものだ。

 これを買ってきて欲しいのだろう。


「自分で行け」

「ほら、私はもう着替えちゃいましたし、夜に女性が一人で歩くのは危ないですよ?」

「自分で行くのが面倒なだけだろ……」


 丈二が冷たくあしらおうとすると、牛巻は床でごろごろと転がりだした。


「食べたいんです! 食べたい食べたい!!」


 いい大人が駄々をこねている。

 なんというか、見ていていたたまれなかった。


「ぐるぅ?」


 そこにやって来たおはぎ。

 どうやら牛巻がゴロゴロと転がっているのを、なにかの遊びだと思ったらしい。

 同じように、ごろんごろんと転がりだした。


「ねー、おはぎちゃんも食べたいよねぇ」

「ぐるぅ?」


 当のおはぎは、『なにが?』って感じである。


「ハァ……仕方ないな」


 丈二はどっこいしょと重い腰を上げた。

 なんだかんだ、牛巻は働き者だ。

 編集や家事、モンスターの世話も手伝ってくれている。

 たまに我がままを聞くくらいは良いだろう。


「え!? 本当に行ってくれるんですか!?」


 牛巻も本当に行ってくれるとは思っていなかったのか、驚いている。

 ただのウザ絡みだっただろう。


「その代わり、ちゃんと編集やっといてくれよ?」

「了解です!」

「ぐる!」


 ビシっと牛巻はコボルトたちのように敬礼を決めていた。

 ついでにおはぎも真似していた。





 コンビニからの帰り道。

 丈二は片手にアイスの入った袋を下げて歩いていた。


 すぐ近所の通り慣れている道。

 しかし、今は頼りない街灯だけが丈二の行き先を照らしている。

 その暗い道に、丈二はほんのりと不気味さを感じていた。


「……なんだ。この音?」


 きぃこ、きぃこ。

 鉄がすれる音が、丈二の耳をついた。


 すぐそこには小さな公園がある。

 そこから音が鳴っていた。

 ブランコの音だろうか。しかし、こんな暗い時間に? 

 子供が遊ぶには遅すぎる。

 丈二は不思議に思いながら、公園を覗くと。


「うぉ!? ……なんだ、子供か」


 幽霊。

 と一瞬思ったが、ブランコを揺らしていたのは子供だった。


 しかし、どことなく不気味というか、浮世離れした雰囲気を感じさせる女の子だった。

 ショートボブ、紺色のワンピース。かわいらしい顔つきの子。

 膝に何かを乗せているのが分かるが、暗くてよく見えない。

 そして、ぼんやりとしたドコを見ているのか分からない目つきで、ふらふらとブランコを揺らしている。


 丈二は考える。

 もしかして、家出とかだろうか。

 少なくとも、近所で見かけたことはないはず。

 とりあえず話を聞いてみようと、丈二は女の子に近づく。


 近付いて分かったのだが、その女の子は膝にぬいぐるみを乗せていた。

 ネズミのような顔をした、猿のような体の謎の生き物のぬいぐるみだ。

 いや、ぬいぐるみ……なのだろうか。

 質感がリアルすぎる。少しゴワゴワとした毛並み。暗い光沢に輝く瞳。ただの作り物では出せない、命を感じさせる。

 今にも動き出しそうだ。

 むしろ、モンスターのはく製と言われた方がしっくりくる。


「こんな遅い時間にどうしたのかな? お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」


 丈二は女の子に目線を合わせて話しかける。

 話しかけられて、ようやく丈二の存在を認識したらしい。

 女の子のくりっとした目が丈二をとらえる。

 しかし、返事はない。女の子は無表情で丈二を観察している。


「えっとー、迷子かな? お家の人の電話番号とか分かる?」


 やはり返事はない。

 知らない人と喋ってはいけないと教育されているのだろうか。


 しかし、女の子の目線に変化があった。

 どうやら、丈二が持っているコンビニ袋が気になっているらしい。

 お菓子で釣れば話してくれるだろか。丈二は袋の中からアイスと、木のスプーンを取り出す。


「アイスあげるから、返事してくれないかな?」


 丈二がアイスを差し出すと、女の子はゆっくりとした動作で受け取った。

 なんとなく、警戒している猫みたいな動きだ。


 女の子はアイスを受け取ると、空いている片手をあげた。

 ピシッと伸ばした人差し指を、丈二に向けて言い放つ。


「……ロリコン?」

「違うが!?」


 驚いてのけぞる丈二。もしかして、距離が近すぎたのだろうかと女の子から距離をあけてしまった。

 その隙をついたように、女の子は片手でぬいぐるみを持ち上げると、ダッっと走り出す。


「あ、ちょ……はや!?」


 まるで風。

 女の子は一瞬で丈二の隣をすり抜けると、公園を飛び出してしまう。

 明らかに普通の子供の脚力ではない。もしかすると、魔法を使っているのかも。

 魔法を使いこなせる子供なんて、とても珍しいはずだが。


「ちょっと、待ちなさ――あれぇ?」


 女の子を追いかけて、慌てて公園を飛び出した丈二。

 しかし、すでに女の子の姿は見えなかった。

 街灯が照らす静かな道には、自販機のじーじーと言う音だけが響いている。

 まるで、狐にでも化かされたような気分だ。


 夢でも見たのかと思った。

 だが、事実として丈二のコンビニ袋からはアイスが一つ消えていた。


「新手のアイス泥棒かよ……」


 そんな意味の分からないサムイ突っ込みは、誰に聞かれることもなく暗闇へと溶けていった。

 アイスだけに。

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