第71話 内緒のおやつ

 おはぎダンジョンに帰って来たとき、すでに日が傾き始めていた。

 配信も、ダンジョン探索も、無事に終わった。


「今から出すから、下がっててくれよー」


 おはぎダンジョンの広い場所。丈二の周りには猫族が集まっている。

 丈二は四角いキューブを前に着きだす。

 SFチックな光のラインが走る箱。

 それはモンスターの素材から作られたアイテムボックスだ。

 制限こそあるが、見た目からは想像できないほどたくさんの物が入る。


 アイテムボックスに付けられたボタンを、丈二はカチリと押す。 

 ゴロンゴロン!!

 そのキューブから勢いよく未加工の木が飛び出した。枝葉なども付いたままの状態だ。

 それは討伐したトレントの素材。全部で四体分が、アイテムボックスに詰め込まれていた。

 これだけあれば、マタンゴとの交渉では十分だろう。


 飛び出した木に、うにゃうにゃと猫族たちが群がった。

 木材加工は猫族たちの得意分野だ。

 彼らの方で枝葉を取って丸太の状態にする。キノコの原木として使いやすいようにだ。

 さらに葉っぱや枝も分けて、それぞれ保存してくれる。そっちはそっちで、キノコの栄養にできるだろう。

 後の作業は猫族たちに任せてしまって大丈夫そうだ。


「改めて、みんなお疲れ様」


 振り向くと、そこには犬猫探索隊のメンバーが。

 無事に帰って来たのだが、ビシっとした顔つきを崩していない。

 プロ意識、あるいは戦士の覚悟。みたいなものがあるのだろうか。

 常在戦場的な。


「君たちのおかげで、配信も探索も大成功だった。本当にありがとう」


 丈二はチラリと周りを見渡す。泥棒が周りを警戒するように、こっそりと。

 周りに居るのは、木の解体に夢中になっている猫族だけ。

 今ならバレないはずだ。

 丈二はそっと、ポケットに手を入れる。そこから取り出したのは、細長いおやつの袋。

 犬猫たちを虜にしているペースト状のおやつだ。

 その袋が見えたとたん、探索隊は嬉しそうに目を輝かせる。


 丈二は、試しにおやつを持った手を動かす。

 彼らの目線は、それをぴったりと追いかけていた。

 つぶらな黒目が息を合わせたように動く光景は面白い。

 今度、動画にしたいくらいだ。


 いや、こんな遊びをするために取り出したわけじゃない。

 

「さっき、こっそり取って来たんだ」


 おやつは皆にあげている。

 だが、一日当たりに配給する個数は制限していた。

 あまりあげすぎて、栄養が偏るのも良くないだろうと考えたからだ。


 しかし、探索隊のメンバーは頑張ってくれた。

 トレントとの戦闘に危なげは無かったが、多少は怪我をする場面もあった。丈二がすぐに回復したため、傷は残っていないが。

 それにモンスターとの戦闘は、いつだって命懸けだ。

 今日くらいは、ちょっとだけ贅沢ぜいたくをしても良いだろう。


「他の皆には内緒だぞ」


 下手をすれば戦争になる。

 いや、そこまでは行かないかもしれないが、争いの火種にはなるかもしれない。それぐらい、おやつの取り扱いには気を付けなければならない。

 丈二のささやきに、探索隊はうんうんと頷いていた。

 うんうんと言うか、ブンブンと表現したほうが良いかもしれない。

 少し雑さを感じる頷きだ。早く食べたいらしい。


「今のうちに食べちゃえよ。袋は俺の方で捨てとくから」


 袋を開けて渡すと、探索隊は両手で袋を持ってぺろぺろと舐め始めた。

 こうしておやつに夢中になっている姿は、普通の犬猫みたいで可愛らしい。

 つい、もっとあげたくなってしまうが、そこはグッと我慢だ。

 あげすぎ、良くない。


「ごちそうさまでした」


 食べ終わったクーヘンが空袋を渡してくる。他の探索隊も続けて渡してきた。

 満足してくれたらしい。先ほどよりも雰囲気が明るくなった気がする。


 今日の探索を見ていた限り、探索隊の実力は申し分ないだろう。

 個々の実力は十分だった。なによりも、チームワークが素晴らしかった。

 今後に期待ができる。


「余裕があれば探索隊は増やしていきたいと思ってるんだ。君たちはその先輩として、後輩のことを育ててくれ。期待してるぞ!」

「わん!」


 ビシ!

 探索隊は同時に敬礼を決めた。一糸乱れぬ息の合い方だ。

 だから、彼らは軍隊でも目指しているのだろうか……。

 普通にモンスターの討伐などをしてくれればいいのであって、軍隊を作りたいわけではないのだが。

 今後の探索隊の発展に、ほんの少しだけ不安が残る丈二だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る