第68話 専用車両

 丈二たちは駅にやって来ていた。

 通勤ラッシュから少しずれた時間帯。

 利用する人はまだ多いが、徐々に落ち着いてきている。


 丈二たちは、これから電車に乗ってダンジョンに向かおうとしている。

 例のマタンゴたちへの交渉材料を手に入れるためだ。


 駅に居るのは丈二一人ではない。

 隣にはおはぎに寒天。

 さらにクーヘンを始めとする犬猫探索隊たちが4名。彼らは皆、剣や盾によって武装している。

 ぜんざいはお留守番だ。あの巨体には、さすがに電車は厳しいだろうとの判断によって。


「クーヘン、ここでカードにチャージするんだ」


 丈二はクーヘンたちにICカードへのチャージ方法を教えていた。

 今後、”場合によっては”彼らだけで電車に乗る可能性がある。

 今のうちに、やり方を教えておこうと丈二は考えた。


「ぐるるぅぅ。難しいな」


 しかし、クーヘンたちにとっては慣れない機械操作。

 しかも機械は人間用の大きさに作られている。

 猫族やコボルトにとっては少し大きい。

 クーヘンも必死に背を伸ばしながら、画面を覗き込んでいる。


 最終的には、お互いに肩車をしながら機械を操作していた。

 犬猫たちが肩車をしながら機械を操作している。

 そんな物珍しい光景に、何度もスマホのカメラを向けられていた。


「乗るときは、ここにカードをかざすんだ」


 丈二は改札にICカードをかざして通る。

 見よう見まねで、コボルトたちも通り過ぎた。

 今度は特に問題もないようだ。


 さて、電車に乗るときのモンスターは、通常は犬や猫などのペットと同じ扱い。

 そのためキャリーなどに入れる必要がある。

 だが、時間帯によって特殊な車両が走っている。

 それは『探索者用車両』。


 探索者が武器などを持って乗車すると、他の乗客とトラブルになる場合がある。

 探索者によっては大きな武器や荷物を持っているため邪魔になりやすい。

 武装によってはさらに目立つ。

 武器などは安全性に配慮して持ち運んでいるが、それでも危機感を抱く乗客だっている。

 そんな無駄なトラブルを避けるために、一年ほど前から探索者用の車両が用意されていたらしい。


 丈二はそんなものがある事も知らなかった。

 なにせ、探索者用の車両が用意されるのは利用者が落ち着ている時間帯のみ。

 車両の存在がアピールされているわけでもない。

 通勤のために電車を利用するのがせいぜいだった丈二には、知る機会がなかった。


 この車両ならば、モンスターがそのまま乗っても問題ないらしい。

 

 だが、車両は別でもホームは通常利用の乗客と一緒だ。

 電車を待って並ぶ。

 おはぎを始めとする面々はずいぶんと目立っている。


 お母さんと、一緒にいる小さな子供。

 遅刻確定だろうに気にした様子もない女子高生たち。

 おはぎたちを見て、キャーキャーと騒いでいる。


「ワンちゃんが歩いてるー」「ねぇ、アレおはぎちゃんじゃない!?」「えー、マジじゃん!」「うわー、めっちゃ可愛い!!」


 丈二としては落ち着かない。

 ネット活動は順調にやって来たが、リアルで目立つのにはまだ慣れない。

 ソワソワしてしまう。


 だがモンスターたちは気にしてないらしい。

 落ち着いた様子で電車を待っている。

 いや、おはぎだけは違った。

 おはぎは自分が注目されていることに気づくと、寒天の頭の上に乗る。

 そしておはぎを見て喜んでいる子供や女子高生たちの方を向いた。


「ぐるぅ!」


 ちょいちょい。

 その短い手を招き猫のように振った。

 おはぎなりのファンサービスなのだろう。

 配信者として、完全に丈二の上を行っていた。


「カワイイー!!」「もう一回やって!」「ドラゴンが手振ってくれた!」


 丈二はそのおはぎの様子を見て、おはぎの成長を感じる。

 そして嬉しさと共に、わずかな寂しさが込み上げてきた。

 WEB小説が書籍化したときのような。マイナー配信者がバズったときのような。

 応援していた存在が、少し遠くに行ってしまったような感覚だ。


「おはぎ……大きくなったんだな」


 子供のわずかな成長に感動している親ばか。

 クーヘンは少し呆れた目で丈二を見た。


「丈二殿は少し大げさではないだろうか……」


 そんなつぶやきをかき消すように、電車が到着した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る