第66話 きのこ

 幸いなことに、雨が止んだ。

 まだ道はぬかるんでいる。

 その道を丈二たちは急ぎ足で歩く。

 丈二の隣にはミントとこわがり。

 先導するように、黄色いカッパを着たサブレが歩いている。


 向かう先はおはぎダンジョンの森。

 サブレが言うには、大変なことになっているらしいが。


 森に近づくと、確かに異常なことが分かる。

 なぜか森のあたりが明るい。


 雨が止んだとは言え、まだ曇り空。

 あたりは薄暗いのだが、森のあたりだけは薄っすらと輝いている。

 蛍のような淡い光だ。

 なぜあんな風に輝いているのか、近づくとすぐに分かった。


「な、なんだこれ……きのこ?」


 森の地面、木の幹や枝。

 そこら中から、青白く発光したキノコが生えていた。


 見た目はキレイだ。

 さながらイルミネーション。

 淡い光が複雑に絡み合い、今にも妖精が飛び出してきそう。

 とても幻想的な光景。

 SNS映えとはこういうものを言うのだろう。


 だが、このキノコたちは大丈夫なのだろうか。

 森に悪影響を及ぼさないか心配だ。

 森の木はダンジョンでの建築などに使っている。

 もしも、キノコに台無しにされるようでは困ってしまう。


「そもそも、どこからこんなに生えてきたんだ……?」

「僕たちのせいかもしれないにゃ……」


 落ち込んだように答えたのはサブレだった。

 うにゃんとうなだれている。


「どういうことだ?」

「僕たちの住んでたダンジョンに、おんなじキノコが生えてたにゃ。僕たち猫族は、そのキノコを明かりに使って過ごしてることも多かったにゃ」


 この光るキノコは、猫族にとって身近な物だったらしい。

 ならば、そのモフモフの毛にはキノコの胞子が付着していた可能性が高い。

 彼らはそうとは気づかずに、胞子をおはぎダンジョンに運んでしまっていたのだろう。


 とりあえず、猫族が利用していたのであれば体に害は少ないだろう。

 それでも無視するわけにはいかない。

 なんらかの対策をしたいのだが。


「そもそも、なんでこんなに繁殖したんだろうな?」

「前のダンジョンには、キノコを食べるモンスターが居たにゃ」

「あー、外敵が居なかったからか……」


 外来生物が外敵の居ない地でのびのびと育つ。

 そんなのはありがちな話だ。

 おはぎダンジョンでも同じようなことが起きてしまったのだろう。


「キノコの駆除ってどうすれば良いんだ?」


 キノコの駆除と言われても、いまいちピンと来ない。

 ゲームなんかだと、菌類は燃やして消毒しているイメージがある。

 だが、まさか森に火をつけるわけにもいかない。

 キノコ専用の駆除剤があったりするのだろうか。

 だが、ダンジョン産のキノコに薬剤は通用するのだろうか。


「うーん……うん?」


 丈二が悩んでいると、ズボンを引っ張られる感触がした。

 見下ろすと、こわがりがよじよじと丈二の体を登ってきている。

 そして肩に乗っかると、木の上を指さした。


「ほわぁ」

「なんだ? あそこに何かあるのか?」


 こわがりが指さした方を見るが……特に何もない。

 キノコが生えているだけだ。

 だが、こわがりには何か気になる物があるのだろう。

 丈二はそのキノコに近づいた。


「ほわ! ほわ!」


 こわがりが丈二の頭の上に乗ると、必死に体を伸ばしている。

 キノコに触りたいらしい。

 丈二はこわがりを掴むと、キノコが生えている枝に乗せた。


「ほわほわ」


 ぺちぺち。

 こわがりはキノコを叩く。

 そんなことをして、何になるのだろうか。

 丈二が首をかしげていると。


「んご?」


 くるり。

 キノコが振り向いた。

 それは、まるでマンドラゴラのキノコバージョン。

 手足は付いていないが。

 こわがりを見て、『だれ?』と言うように体をかたむけている。


「マタンゴですにゃ! キノコが変異したモンスターですにゃ!」


 キノコが変異したモンスター。

 まさしくマンドラゴラのキノコバージョンみたいなものなのだろう。

 これだけたくさんのキノコが生えているのならば、一匹ぐらい居ても不思議じゃない。


「ほわ、ほわほわ」


 どうやら、こわがりはマタンゴに立ち退きを頼んでいるらしい。

 この森から出て行って欲しいと。

 言うことを聞いてくれると良いのだが……はたしてどうだろうか。


「んごー」


 マタンゴはふわりと浮かび上がった。

 キノコの傘をくらげのようにはためかせて、ふわふわと浮いている。

 薄っすらと光っていることもあって、空のクラゲのようだ。

 このまま移動してくれるのか。

 そんな期待をした丈二だったが。


「んごー」「んごごご」「んご?」


 ふわふわと、森の奥からマタンゴたちが流れてきた。

 彼らは、んごんごと話し合う。

 なにやら結論がでたらしい。

 丈二たちを見る。


『んごー!』


 マタンゴたちが声を合わせて鳴いた。

 ぼとり。

 木の上に生えていたキノコが落ちる。

 地面に生えていたキノコたちに足が生える。

 キノコたちが一か所に集まっていく。

 それらはゾルゾルと一つの塊に変化する。

 そうして出来上がったのは。


「き、キノコの巨人にゃ!?」


 プロレスラーも真っ青な体格の巨人を作り出した。

 キノコの巨人は拳を振り上げる。

 どうやら、交渉は決裂したらしい。


「こわがり! こっちに!」

「ほわぁ!?」


 丈二は飛び込んできたこわがりをキャッチすると、一目散に走りだす。

 丈二が居た場所に、ドカンと拳がぶつかった。

 そこには小さなクレーターが出来ている。

 丈二が食らったらひとたまりもなさそうだ。


「いったん退却しよう!」

「了解にゃ!」

「はいにゃ!」


 丈二はもちろん、サブレもミントも戦闘は苦手だ。

 現状ではキノコの巨人に勝てるはずがない。

 丈二たちは森から逃げることにした。

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