第65話 薬草栽培は難しい

 しとしと。

 優しい雨が傘を打ち付ける。

 おはぎダンジョンは、ここ数日雨が続いている。

 断続的にパラパラと降り注ぎ、少し湿っぽい。


 幸いなことに、各モンスターたちの家は出来ている。

 猫族やコボルトたちが頑張ってくれたおかげだ。

 みんな、家の中でのんびりしていることだろう。


 丈二は石畳が敷かれた道を歩く。

 向かう先は、おはぎダンジョンに建てられたとある建物。

 他よりも少し大きめだ。


 ガチャリとドアを開く。

 中には猫族の青年と、マンドラゴラが居た。


 マンドラゴラは、丈二が『こわがり』と呼んでいる個体だ。

 気弱なところから、そうあだ名をつけた。


 猫族のほうは、シャム猫のようなほっそりとした青年だ。

 名前は『ミント』。

 サブレに日本語を教わって、そこそこ喋れるようになっている。

 こちらも、少し気が弱い雰囲気。


 二匹ともドアの音に反応して、ビクリと振り返る。

 丈二の顔を見て、複雑そうな顔をしていた。


「どうだ? まだ難しそうか?」


 丈二は暗くならないように気を付けて声をかけた。

 二匹には、とある研究をしてもらっている。

 しかし、進捗は思うように進んでいないらしい。

 丈二はそのことを怒っているわけではない。なるべく二匹が気負わないようにして欲しいのだが。


「すいませんにゃ……」

「ほわぁ」


 二匹は目に見えて落ち込んでいる。

 やはり責任を感じてしまっているようだ。


「いやいや、気にしないでくれよ。薬草の栽培なんて、あんまり前例がないことだから、失敗して当たり前だ」


 二匹に頼んでいたのは薬草の栽培だ。

 数日前に丈二とおはぎが見つけた薬草。

 おはぎダンジョンを捜索したところ、ちらほらと自生しているのが見つかった。


 しかし、数はあまり多くない。

 それに、いきなり生え始めた理由も分からない。

 今後も生えてくるか分からないため、雑に採取するのも気が引ける。


 そこで丈二たちは、薬草の栽培に挑戦してみることにした。

 しかし薬草の栽培は難しい。

 家庭菜園とはわけが違う。

 製薬会社などが躍起になって研究をして、やっと成功している程度だ。

 当然ながら栽培方法などは企業秘密。

 丈二たちは、完全に一から栽培方法を研究する必要がある。


 いくらマンドラゴラという植物のスペシャリストが居ても難易度は高い。

 失敗して当たり前なのだろう。


 部屋の中を見渡すと、いくつものプランターが置かれている。

 そこには丈二たちが見つけた白い花を咲かせた薬草が。

 ちなみに『メディッキュ草』と言う名前だ。

 しかし、花がしおれてしまっているメディッキュ草も多い。


「生えてた場所から動かすと、しおれてしまうにゃ。種を植えてみても上手く育たないにゃ……」

「動かすと駄目ってことは、土に秘密があるんじゃないか?」


 動かすとしおれてしまう。

 ならば、一番怪しいのは土だろう。

 たしか、メディッキュ草は森の中だけに生えていたはず。

 そこの土壌に秘密があるのかもしれない。


 しかし、ミントは首を振った。


「僕たちもそう思ったにゃ。プランターに土ごと移し替えてみたけど駄目だったにゃ」


 丈二が思いつく程度の事は、ミントたちも試していたらしい。

 となると、他に何があるのか。

 空気、気温、日光。丈二は考えてみるが、いまいちピンと来なかった。

 

「ほわほわ」


 こわがりが、手を振って何かを伝えてくる。

 手と言うよりも、ほとんど体全体を揺らしているが。

 だが、なにを言っているのかは分からない。


「実は元気な薬草には謎の魔力が入っているんですにゃ。でもその魔力がどこから来た、なんの魔力なのかは分からないんですにゃ」


 ミントが翻訳してくれた。

 どうやら、どこからか出てきた魔力によって薬草は成長しているらしい。

 しかし、どこから出てきた魔力か分からない。

 薬草自身が何らかの条件下でのみ生成するのか。

 あるいは、外から供給されているのか。


「丈二さん、大変ですにゃ!」


 バタン!!

 勢いよく扉が開かれた。

 飛び込んできたのはサブレ。

 子供用のカッパに身を包んでいる。

 慌てて走って来たのか、息が上がっているようだ。


「どうしたんだ? そんなに慌てて」


 サブレは必死に息を整えながら、声を絞り出した。


「森の方が大変なことになってるにゃ!」

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