第59話 コボルト救出

 そのコボルトは飢えていた。


 つい昨日、廃墟の片隅に肉を見つけた。

 すでに調理された肉。それが皿の上に乗せられていた。

 そんなものが落ちているわけがない。

 明らかに罠だ。


 平常時であれば、そんなものを食べようとは思わない。

 しかし現在のコボルトは異常な状態だった。

 内側から湧き出る苛立ちによって、本能と欲望が暴走している。

 我慢することなどできず、その肉に飛びついた。


 美味しかった。この世の物とは思えないほどに。

 一瞬、自分はすでに死んだのかと思った。

 死後の理想郷へとやって来たのではないかと感じた。


 それをもう一度食べたい。

 その一心で、コボルトは廃墟の中をさまよった。

 同じように数枚の肉を見つけた。無心でむさぼった。


 しかし、だんだんと見つけられなくなった。

 すでに食べられたあと。空っぽの皿だけが置かれていた。

 他のコボルトたちが食べてしまったのだろう。


 しかし、もうないだろうと分かっても、諦められなかった。

 どこかにまだ残っているかもしれない。

 そう願いながらふらついて、気がつけば一夜を明かしていた。


 重力に従って、まぶたが落ちてくる。

 今だけは、そのまぶたが巨大な岩よりも重く感じる。

 目を閉じてはいけない。

 必死にまぶたを持ち上げながら歩みを進める。

 ただ、あの味を求めて。


 ふと、空腹を刺激するような匂いが鼻をついた。

 あれの匂いだ。

 あふれ出るよだれを感じながら、匂いを追った。


 廃墟の外。

 匂いに釣られたのか、同じようにふらふらと歩くコボルトが見えた。

 彼らも徹夜で歩き回っていたのだろう。


 そして広場のような場所に、木のおりが置かれていた。

 その中には皿。あの味が塗られた肉が置いてある。

 見つけた!

 コボルトはダッと走り出す。

 同じように、他のコボルトたちも走り出した。


 その様子はゾンビ映画のよう。

 走るタイプのやつ。


 ダン!

 コボルトたちは体当たりをするように、檻に迫った。

 メキメキと檻がきしむ。コボルトたちは無理やり檻を破ろうとしていた。

 そこに追加のコボルトたち。

 廃墟の奥からわらわらと現れ始めた。


 全部で23匹。

 凶暴化したコボルトたちが、すべて集まっていた。

 

 檻はメキメキと壊されていく。

 見るも無残。

 ただの木片になり果てた。


「ガルルァァ!!」

「グラァ!!」

「グルルル!」


 続いて起きたのは肉の奪い合い。

 たった一つの肉を求めて、コボルトたちは唸り声をあげる。

 自分だけが、あの味の付いた肉を食らうために。

 

 まさに今。

 コボルトたちが飛び掛かろうとした時。


「今にゃ!」


 声が響いた。

 何事か。

 コボルトたちが顔を動かしたとき。


 べちゃり!

 コボルトたちの頭の上から、なにかが降って来た。

 粘性の高い謎の液体。

 いや、それはドロドロと動いている。

 スライムだ。

 寒天が空から降って来た。


 全身にまとわりつくスライム。

 思うように身動きが取れない。


 しかし、端っこに居たコボルトは違う。

 あまりスライムがかかっていない。

 そのコボルトは何とか抜け出すと、逃げようと走り出したのだが。


「ガルァ!」


 バッと現れた巨大な狼。

 ぜんざいの犬パンチによって、軽くスライムの方に飛ばされてしまう。

 あっけなくスライム地獄にとらわれてしまった。


「グルァァァァァ!!」


 空から声が響いた。

 見上げると、青い空に黒い翼が広がっていた。

 漆黒のドラゴン。

 

 キュィィィィン!!

 甲高い音と共に、おはぎの口元に緑色の光が集まっていく。

 

 コボルトたちは、その姿に感動に似たものを感じる。

 雄大な大自然を前にしたような感覚。

 心が洗われる。


 だが、それと同時に内側から恐怖が湧き出る。

 ぞわぞわと、肌の表面で何かがうごめく。


 早く逃げなければ!

 そう本能が叫ぶが、そうはいかない。

 スライムによって身動きが取れない。


 おはぎの口元が、強く輝いた。

 それと同時に光が迫る。

 あっという間に。

 光の奔流がコボルトたちを包んだ。


 一瞬だけ、体を激痛が走った。

 しかし、その痛みはすぐに消え去ると、心地よい暖かさが彼らを包む。

 その温もりに体を預けるように、コボルトたちは気を失った。

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