第55話 筋肉もりもりワンパンチ

 丈二たちはダンジョンの外に出ていた。

 ダンジョンから飛び出したらしい、子供のコボルトを追うためだ。


 なぜ幼いコボルトが一人で行ってしまったのかは分からない。

 だが猫族の長老いわく、明らかにおかしな状況ではあるらしい。

 猫族からコボルトに話を伝えに行っている。

 だが、なにかが起こる前に子供を確保するため。丈二たちは先に探しに来ていた。


「ぜんざいさん、分かりますか?」


 ぜんざいはクンクンと地面を嗅ぐ。

 コボルトの臭いを追いかけるためだ。

 今はぜんざいの鼻だけが頼り。

 なんとか見つけてもらえると良いのだが。


「ばう」


 『こっちだ』ぜんざいは足を動かし始めた。

 向かう方向は獣道。

 丈二たちが通って来た、廃墟へと続く道だ。


 獣道を抜けて、廃墟の近くへ。

 ぜんざいの足は廃ホテルへと向いている。

 この中だろうか。

 丈二たちが廃ホテルへ足を踏み入れようとすると。


「きゃうん!?」


 犬のような痛々しい悲鳴が聞こえた。

 それに続けて怒声が響く。


「おとなしく付いてこいや!!」


 まずい。

 不良たちにコボルトが見つかってしまったようだ。

 丈二は走り出す。

 それにおはぎたちも続いた。


 階段を駆け上り、二階の廊下へと飛び出す。

 薄暗い廊下。

 そこにはうずくまって怯えている子犬。

 いや、よく見ればそれは人に似た体型をしている。

 あれが子供のコボルトだろう。

 そして、コボルトをイラついたように睨んでいる不良たちが居た。


 不良の一人は足を振りかぶる。

 ゴッ!

 鈍い音を立てながら、コボルトを蹴飛ばした。

 まだ小さいコボルトは、ごろごろと地面を転がった。


「何やってんだ!!」


 丈二はコボルトと不良の間に割って入った。

 状況から見て、不良たちがコボルトを襲っていたのだろう。


 不良たちから見れば、突然現れた丈二。

 それをうっとおしそうに睨む。


「あぁ!? なに邪魔して――うっ」


 しかし、丈二の後ろからやって来たぜんざいを見て怯んでいた。

 先ほどの脅しがトラウマになっているのかもしれない。

 だが彼らなりのプライドがあるのだろうか。

 不良たちは震えを押し殺すようにして、丈二にメンチを切る。


「邪魔すんなよおっさん。そいつは俺たちが先に見つけたんだ」

「こんな風にいじめることはないだろう。この子がお前たちに何かしたのか?」

「はぁ?」


 不良たちはバカにしたようにニヤついた。


「野生のモンスターは普通に殺すだろ。なにが悪いんだよ」


 確かに、ダンジョンの外に出てきたモンスターは駆除対象だ。

 なにせ、分かりやすい人間の脅威だから。

 通常の犬猫と違って、動物愛護に関する法律も通用しない。


「それでも、無駄に痛めつけることが良いとは言えないな」


 モンスターを無駄に痛めつけることが推奨されているわけでもない。


「それに、君たちは探索者登録はしているのか? 未登録者のモンスター討伐は禁止されているぞ」


 探索者登録なんて、役所やスマホで誰でもできる。

 だが、目の前の不良たちは真面目に登録をしているような感じでもない。

 もしかしたら、未登録かもしれないとつついてみたのだが。


「は? そんなん知らねぇし」


 どうやら図星だったらしい。

 そんなことは知らなかったのか、焦っているのが分かる。 


「モンスターに襲われるなど、緊急避難が適応される場合もあるけど、今は探索者である俺が居る。君たちはおとなしく下がっていろ」


 最初に彼らに会ったときは、下手に出たせいでぜんざいの手を煩わせた。

 その反省を活かして、今度は強気に出てみたのだが。


「っち! うるせぇよ!」


 通用しなかったらしい。

 不良たちは肩と首を動かす。

 どことなく、鳩が歩いている時の動きに似ている。

 肩こりかな?

 いや、彼らなりの威嚇のつもりなのだろう。

 間抜けに見えるが。


 そして、ずんずんと丈二に近づいて来たのだが。

 ドカン!!

 丈二と不良たちの間。その天井がガラガラと崩れた。


「な、なんだ!?」


 丈二が土煙に目をこらすと、そこに影が見えた。

 煙がはれるとコボルトが立っていた。

 しかし、先ほど出会ったコボルトたちよりも体格が良い。

 全身から筋肉が浮き出ている。

 筋肉もりもりのわんちゃんだ。


「ガルァァァ!!」


 筋肉コボルトは狂ったように雄たけびを上げる。

 歯をむき出しにした口。その端からよだれが飛び出る。

 ギョロリと見開いた眼は焦点が合っていない。

 明らかに異常だ。

 こいつが凶暴化したコボルト。その一匹なのだろう。


 筋肉コボルトは不良たちに顔を向ける。


「ひぃ!?」

 

 ズドン!!

 コボルトが腕を振るった。

 不良の一人。その腹に向かって。

 見事すぎる腹パンだった。

 不良は勢いよく吹っ飛ぶ。

 ダン!!

 壁に勢いよく叩きつけられると、ゲホゲホと苦しそうにしている。


「だ、大丈夫か!?」


 他二人の不良たちは駆け寄ると、肩を貸して逃げて行く。

 しかし、彼らに構っている余裕もない。


「ガルァ!!」


 グイン!

 筋肉コボルトは勢いよく首を動かす。

 首を痛めそうなほどだ。

 そして見開いた眼で丈二を見た。

 どうやら、標的を丈二に変えたらしい。


「回復魔法を試してみるか」


 この異常な様子がナメクジのせいならば、おはぎの魔力に反応して苦しむはずだ。

 そしておはぎと繋がりの出来ている丈二の回復魔法にも反応するはず。

 丈二は魔法を発動する。


「ガルゥゥ!!?」


 苦しそうにしている。

 ぼこぼこと、コボルトの肌の表面で何かがうごめいた。

 このまま続ければ、ナメクジを倒せるかもしれない。

 そう思ったのだが。


「きゃん!」


 丈二の隣から子供コボルトが飛び出した。

 筋肉コボルトに駆け寄る。

 危ない!

 丈二はとっさに魔法を止めて、子供コボルトを掴んだ。


 魔法を止めたせいで筋肉コボルトが襲ってくるかもしれない。

 そう思って、丈二はコボルトを見た。

 しかし、様子がおかしい。

 筋肉コボルトは、子供コボルトを見て頭を抱えている。

 苦しそうだ。

 子供コボルトから距離をとるように後ずさりする。


「ガルァァァ!!」


 ダッ!

 そして、まるで逃げるように走り出して行った。


「くぅん……」


 残された子供コボルトは、悲しそうにその背中を見送っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る