第54話 猫族の村

 しばらく歩いた後。

 サブレが立ち止まって指さした。


「あそこが僕たちの村ですにゃ!」

「……え?」


 しかし、そこには何もない。

 他のジャングルと変わらない。

 伸びきった草しか見えない。


「上ですにゃ」

「上? おぉ!?」


 丈二は木の幹を伝うように見上げる。

 そこに村があった。


 小さなツリーハウスと、小さな橋で作られた村。

 猫族サイズのツリーハウスは、大きめの犬小屋のように見える。

 怪獣映画なんかで使われるミニチュアの街みたいだ。

 そこを10匹ほどの猫族たちが、ウロウロと動き回っている。


「猫族は木の上に住んでるのか」

「そうですにゃ。僕たちは木登りが得意なんですにゃ!」


 サブレはドヤッと胸を張る。

 たしかに、木の上で動き回る猫族たちを見ると安定感がある。

 樹上の暮らしに慣れているのだろう。

 丈二は、あそこまで登れる気もしない。


 村の様子を見る感じ、木工も得意そうだ。

 ツリーハウスや、木の間をつなぐ吊り橋も安定している。


「木の上で暮らしてるおかげで、凶暴になったコボルトにもそんなには襲われないにゃ。コボルトたちは木登りが苦手にゃ」


 コボルトたちは木登りが苦手らしい。

 サブレの話を聞く限りでは、猫族で凶暴化した者はいない。

 ナメクジによる凶暴化だと仮定すると、コボルトとの生活圏の違いのおかげで猫族たちはナメクジに憑かれていないのかもしれない。


「――――!!」


 サブレが何か叫んだ。

 木の上の猫族たちに手を振っている。

 猫族たちはそれに気づくと、手を振り返していた。

 にゃーにゃーと何か言っている。

 猫の合唱のようだ。

 なにを言っているのかは分からないが、悪い雰囲気ではない。

 歓迎されているようだ。


「それじゃあ、長老の所に行くにゃ!」

「分かった」


 村の下を進む。

 木の上に少し大きめの建物が見えた。

 あれが長老の家らしい。


「丈二さん、登れるにゃ?」

「いや、厳しいかなぁ……」


 長老の家が建っている巨木。

 それには多少の凸凹はあるが、上って行ける感じはしない。

 丈二は試しに足を引っかけてみるがツルリと滑ってしまう。

 これは無理だろう。


 どうやって長老の元に行くか、丈二は途方に暮れてしまう。

 そこに、ズルズルと寒天が近付いてきた。


「どうした?」


 寒天はその体を変形させて、丈二の体にまとわりつく。

 そしてタコの足のように、体を伸ばした。

 べたりと伸ばした体を木に張り付けて、丈二の体を持ち上げる。


「おぉ!?」


 ぺたぺたとそれを繰り返す。

 丈二の体はずんずんと木の上へと登っていく。


「ぐるぅ」


 おはぎは丈二の頭の上に乗った。

 ついでに連れて行ってもらうつもりらしい。


 ぜんざいはお留守番だ。

 木の下から丈二たちを見上げている。

 ぜんざいなら登ろうと思えば登れそうな気もする。

 だが登る様子もなく後ろ脚で頭をかいている。

 わざわざ上がる気もないのだろう

 

 建物の入り口まで登り切る。

 特に扉もなく、中が丸見えだ。

 建物の中央に猫が座っていた。

 お腹を地面につけた香箱座りだ。


 眠たそうに目をしょぼしょぼとしている。

 ゴワゴワとした毛並みから、結構なお年を召しているだろうと分かる。

 あれが長老なのだろう。


「――――!」


 丈二たちを追いかけてサブレが登って来た。

 サブレは長老に駆け寄ると、なにか話している。

 長老は……話を聞いているのだろうか。

 微動だにしていない。

 実は寝てるんじゃないだろうか。

 丈二がそう思ってしまうほど、リアクションがまったくない。


「うにゃん」


 なんてことを考えていたら、長老が口を開いた。

 なにやら、うにゃうにゃと話している。

 当然のように未知の言語。

 だが日本語を喋っていても理解はできなさそうだ。

 そう思ってしまうほど、ゆっくりと、もごもごと話している。

 やはり半分寝てるんじゃないだろうか。


「長老は歓迎してくれているにゃ。協力できることなら、なんでも言って欲しいと言っているにゃ」

「ありがとう。それじゃあ、いくつか質問させて欲しいんだが――」


 丈二はサブレを通して、長老に質問を投げかける。


 コボルトたちが凶暴化している理由は分かるか?

 残念ながら、長老も分からない。あるころから突然、おかしくなったコボルトたちが出始めたらしい。


 凶暴化したコボルトたちはどうしているのか?

 どうやら、元の群れから離れているらしい。もっとも、もはや凶暴化したコボルトの方が多いようだが。

 その後ドコに行ったかは分からない。しかしダンジョン内で見かけることは少ない。


 凶暴化したコボルトたちは、完全に理性が無いのか?

 多少は話ができるらしい。しかし常に興奮状態にあり、まともな行動は出来ていない。

 どうやら、かろうじて残った理性を使って群れから離れたらしい。正常な仲間たちを傷つけないために。

 それに凶暴化した仲間は傷つけないらしい。襲うのは正常なコボルトや猫族たち。


 正常なコボルトたちとは話せないのか?

 彼らは仲間がどんどん凶暴化していくせいで、不安定になっている。

 猫族とも冷静な話し合いはしてくれない。


「うーん、長老さんでも分からないことが多いか……」


 できれば、凶暴化したコボルトたちの巣を知りたかった。

 凶暴化したコボルトは、そこそこの数いるらしい。

 それを一匹ずつ何とかするのは大変だ。

 彼らがどこにいるのか分かれば、一網打尽にできる。


 だが村長いわく、ダンジョン内で見かけることは少ないらしい。

 ダンジョンの外に飛び出しているのかもしれない。 

 となると怪しいのは廃ホテルなのだが、不良たちが探しても見つけられていないようだった。

 上手いこと隠れているのだろう。


 やはり、正常なコボルトたちから話を聞きたい。

 彼ら自身のほうが、コボルトの生態に詳しい。

 どこに隠れているのか、どうやったらおびき出せるのか分かるはずだ。


 なんとかコボルトに接触したいのだが……猫族ともまともに話してくれないらしい。

 完全によそ者である丈二と話してくれるだろうか。

 先ほど会ったときには、ずいぶんと警戒されていたが。


「ちなみに、コボルトたちの住処すみかは分かるのか?」

「分かりますにゃ」


 とりあえず会うことはできる。

 あとは何とかして、話ができるくらいには仲良くなりたいのだが。

 きっかけが思いつかない。

 どうしたものかと、丈二が唸っていると。


「にゃにゃにゃ!」


 慌てた様子の猫族が走って来た。

 そして、長老に向かって何か話している。

 サブレが翻訳してくれた。


「子供のコボルトが、一人でダンジョンの外に出たのを見たらしいにゃ。追いかけようとしたけど逃げられちゃったみたいにゃ」

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