第52話 廃墟で怖いのは人間らしい

 丈二たちは廃ホテルの敷地を歩いていた。

 目の前には大きな建物。

 複雑な造形から見るに、結構な金額をかけて建てられたのだろう。

 開業当初は、そこそこお客も入っていたらしい。

 

 だが、もはやかつての栄光は感じられない。

 割れた窓に、黒い染みで汚れた壁、ところどころに落書き、屋内にもガレキが散らばっている。

 今では薄汚れた粗大ゴミみたいなものだ。


 こんなところに用事は無い。

 さっさと通り過ぎようとしたのだが。

 ぜんざいが足を止める。

 なにやら、周囲をぐるりと見回していた。


「がう」


 『見られている』そう言って、目を細めた。

 周囲を警戒しているようだ。


 そう言われると、廃墟の暗闇の奥に、なにかが潜んでいるような気がしてくる。

 止めて欲しい。ちょっと怖くなってくる。

 

 丈二は先ほどの老婆の言葉を思い出す。

 この廃ホテルには鬼が出るらしい。

 そんなのは冗談だ。からかわれたのだ。

 そう自分を説得していたが、ぜんざいが冗談を言っているとも思えない。

 本当に、何かしらが潜んでいるのかもしれない。


 カランカラン!!

 空き瓶でも蹴飛ばしたような音が響いた。

 バッとそちらを向く。

 薄暗い廃墟の奥で、なにかが通り過ぎたような気がする。 


「……確認するか」


 本当は確認する必要性なんてない。

 通り過ぎた『何か』が、野生動物でも、廃墟を見に来た観光客でも、本当に鬼だったとしても、丈二には関係ない。

 だが、それはそれとして気になってしまう。

 なんてことない正体を確認して、『なんだ、こんなものが正体だったのか』と安心したいのだ。


 ゆっくりと丈二は廃ホテルに近づく。

 音のした場所。

 かつてはホテルのラウンジだったであろう場所に入っていく。


 ぜんざいたちは外で待っている。

 大して距離があるわけでもないし、ぜんざいが中に入るには体を小さくしなければならない。

 一緒に行かなくても問題ないと判断したのだろう。


 暗闇の中に目をこらす。薄汚れた床、散乱したごみ、埃まみれのソファー。

 特におかしなところはないが。


「何してんだお前」

「どぅわぁぁ!?」


 右の方から声をかけられた。

 叫び声を上げながら振り向く。

 そちらの方に通路があったらしい。

 懐中電灯とスマホを構えた男が歩いてきた。


 ガラの悪い男だ。

 染め上げた金髪に、ヒョウ柄の服。手首にはジャラジャラとアクセサリーを付けている。

 不良のかがみみたいな格好だ。


 ネットの情報で聞いたことがある。

 廃墟で一番怖いのは、そこでたむろしている不良に出会うことだと。

 人目が無いことを理由に、廃墟で悪さをしている場合があるらしい。

 トラブルに巻き込まれるかもしれないとか。


「いや、何でもないです。失礼します」


 さっさと離れよう。

 面倒事には巻き込まれたくない。

 丈二は廃墟から出ようとしたのだが。


「誰だ、こいつ」


 丈二が入って来た方に別の男たちが居た。

 同じようにガラが悪い。

 囲まれてしまった。

 気まずい。やたらジロジロと顔を見られている。

 どうして無駄に敵対的な、鋭い目を向けてくるのだろうか。


「いや待てよ。どっかで見たような……」

「なに、知り合い?」

「違うはずだけど……あぁ! ほら、動画で見たんだよ。ドラゴンのやつ!」 

「確かに! 見たことあるわ!」


 どうやら、丈二の動画を見たことがあるらしい。

 男たちはキャッキャと騒ぎ出した。

 猿みたいだ。


「うぉー、有名人じゃん」

「てことは、やっぱ、あの噂本当だったんじゃね!?」

「確かに!」


 『あの噂』とはなんだろうか。

 丈二はサブレの頼みで来ているだけ。

 噂の事など知らない。


「おっさんも、廃墟に出てくるモンスターを探しに来たんだろ?」


 廃墟に出てくるモンスターと聞いて、丈二はピンときた。

 老婆は鬼が出ると言っていた。

 だが、実際に出るのはモンスターなのだろう。

 そして、この近くには猫族が住んでいるダンジョンがあるはず。

 そこから出てきた猫族かコボルトたちが鬼の正体。


「そうですよ。モンスターを探しに来たんです」


 実際はサブレの依頼によってコボルトたちを何とかしに来たのだが、正直に言う理由もない。

 てきとうにごまかしておけば良いだろう。


 それよりも、不良たちが面倒だ。

 コボルトや猫族に気づかれたくない。

 このあたりに居るのがただのモンスターではなく、知能の高いモンスターだと知られると騒ぎになるだろう。

 彼らを追い払うか、面倒なことを知られる前に事態を解決したい。


「なぁ、おっさん。俺たちとコラボしてくれね?」

「……は?」


 などと考えていたら予想外の提案をされてしまった。

 コラボと言われても、そもそも彼らは動画投稿者なのだろうか。


「俺らさぁ、動画投稿して一発当てようと思ってんのよ。ちまちまバイトするとかめんどくせぇじゃん?」


 これから始めようと思っているらしい。

 理由はお金稼ぎ。

 だが、動画投稿なんて、そうそう儲かる物でもない。

 月数万儲かるのだって、上澄みのほう。

 ほとんどの人は趣味の延長線。運が良ければお金になる程度だ。


「でも、なかなか数字上がんなくてさ。有名人とコラボすれば簡単じゃん?」


 有名人と繋がりがあるならば、それが一番簡単だろう。

 安定して数字を稼げるかは、動画のクオリティ次第だが。


 まぁ、彼らにどんな理由があろうとも、丈二にコラボをする気はない。

 今はサブレたちのために来ている。

 猫族たちの平穏な生活を守るためにも、下手に目立つべきじゃない。

 自分の動画だって投稿する気はない。


「悪いんですけど、それは無理ですね」

「は? いや、ノリ悪いこと言うなよ」


 ずいっと男が近付いてきた。

 それから逃げるように丈二は後ずさる。

 ドンっと後ろに居た別の男にぶつかる。

 囲まれているのだった。逃げ場がない。

 彼らも丈二が賛同するまで、逃がすつもりはないようだ。


「コラボするよな?」

「いや、無理ですから」

「ふざけ――!!」


 男が腕を振り上げる。

 まさか暴力で訴える気か。

 丈二はとっさにバリアを張ろうとしたのだが、その必要はなかった。


「ガルルルルゥゥゥ!!」

「ふぁ!?」


 廃墟の入り口のほうから、エンジン音のような低い音が響いた。

 不良たちが驚きの声をあげる。

 振り向けば、ぜんざいが入り口に顔を突っ込んでいた。

 体は大きすぎてはいれていないが。

 そして歯をむき出しにして、ガルガルと威嚇している。

 凄い迫力だ。

 本能が危険を知らせてくる。


「ど、動画に出てたデカい狼だ……」

「な、なんだよ。やんのか!?」


 不良たちもたじろいでいる。

 だが、まだ煽る余裕があるらしい。

 ぜんざいが入ってこれないと思っているのだろう。


 ベキベキベキ!!

 ぜんざいが顔を突っ込んでいる入り口。

 その周りの壁に亀裂が入る。

 無理やり入ろうとしているのだ。


「やべぇ!!」

「おい、待てよ!?」


 とっさに一人が逃げ出す。

 ぜんざいから離れるように、廃墟の奥へと走る。

 それを追いかけるように、残りの二人も走り去った。

 見事な逃げ足だ。あっという間に姿が見えなくなってしまった。


「ぜんざいさん、ありがとうございます」


 お礼を言うと、ぜんざいはスッと牙を収めた。


「がう」


 『しっかりしろ』ぜんざいに怒られてしまった。

 あれくらいは一人で追い払えと言いたいのだろう。

 脅迫じみた行動をとられた時点で、もう少し強気に言い返した方が良かっただろうか。

 丈二は反省する。


「荒事は苦手で……」


 などと話していると、ぜんざいの足元からサブレが顔を出した。

 ぜんざいの大きな足に隠れるようにひょっこりと。

 なにやら怯えているようだ。

 ふるふると震えている。


「どうかしたのか?」

「あの人たち……」


 先ほどの不良たちのことだろう。

 彼らがどうしたのか。

 サブレは震えた声で続けた。


「僕をいじめてきた人たちですにゃ」

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