第51話 心霊スポット

 次の日。

 丈二たちはダンジョンに向かうことにした。

 サブレたち猫族が暮らしているダンジョンだ。


 ぜんざいの背中に乗り込んだ丈二たち。

 いつものように寒天が馬具になって、おはぎとサブレのための座席も用意してくれた。

 サブレの案内に従って、ぜんざいは走る。

 暖かい春風が気持ちいい。

 ぜんざいの上で、丈二たちはのんびりと話していた。


「え、サブレは電車に乗って来たのか?」

「そうですにゃ」


 なんと、サブレはそこそこ遠くからやって来ていた。

 ものすごく遠いわけではない。

 だが、歩いて行こうとは思わない距離だ。


「モンスターを、たくさん飼っている人が居るって噂で聞いたのにゃ」


 サブレは猫族を助けてくれる人を探して、ダンジョンから出た。

 その後、最初にしたことが情報収集。

 だが、サブレはスマホなどは使えない。

 そこで、駅前の喫煙所に張り込んで会話を聞いていたらしい。

 その中で丈二の話が出ていた。


「丈二さんの近所に住んでいる人が居たのにゃ。その人に付いて電車に乗ったのにゃ」


 上手いこと電車に乗り込んだらしい。

 その後、丈二の家の近くまでやってきたものの、具体的な場所は分からない。

 いったい、どこに住んでいるのか。

 さまよっているうちに、不良たちに捕まってしまったらしい。


「そもそも、なんでサブレを捕まえたんだ?」

「分かりませんにゃ。でも、スマホで撮影されてましたにゃ。バズりがなんとかって言ってましたにゃ」


 撮影にバズり。

 その単語から予想されるのは、SNSや動画投稿だ。


「もしかして、炎上系の動画投稿でもしようとしたのか……」


 最近はおはぎの影響もあってか、モンスター系の動画投稿が流行ってきている。

 モンスターを手懐けていたが、動画投稿などはしていなかった人が始めているのだろう。

 それと共に、動物系のカテゴリの注目度が上がった。

 ……と丈二は牛巻から聞いた。


 その流行りに便乗して、猫の虐待動画でも上げようとしたのかもしれない。

 流行りのカテゴリに、ショッキングな動画。

 投稿すれば、よく燃えるだろう。

 動物の虐待動画なんて、ガソリンよりも燃えやすい。

 またたく間に炎上は燃え広がり、たくさんの人に注目される。


 どうして、そんなことをしたかったのかは分からない。

 当人たちに聞くしかないだろう。


 承認欲求を満たすのが目的だったのか。

 あるいは、ともかく注目を集めて、投稿したアカウントの登録者を増やし、そのアカウントを販売しようとしたのか。

 どちらにしても、ゲスな考えだ。


 そんなことを話していると、サブレが腕を上げた。


「あ、あそこですにゃ!」


 サブレが指さす。

 ちょっとした山だ。

 わさわさと木が生えている。


 その中にポツンとビルが建っていた。

 そこは、この辺りでは有名な心霊スポット。

 景気が良かったころに建てられたホテルだったが、不景気と共に廃れていき、何年も前に廃業した。


「え、あの辺にあるのか?」


 丈二の顔が引きつった。

 丈二は幽霊なんて信じていない。

 心霊スポットだって、怖くないと思っていた。


 だが、間近で見ると雰囲気がある。

 廃ホテルの周囲だけ空気がどんよりしている。

 近づいた人を飲み込もうとしているようだ。

 あまり近づきたいとは思えない。


「あそこから、ちょっと離れた所ですにゃ」

「……そうか。は、早く行こうか」


 丈二の年になって、『幽霊が怖いので行けません』とも言えない。

 別にあの廃墟に用事があるわけでもない。

 明るいうちに通り過ぎてしまえば、なにも問題ない。


 ぜんざいが山のふもとまで近づく。

 幸いなことに、ホテルへの道はコンクリートで舗装されている。

 ほとんど使われていないせいで、うっすらと土で汚れているが。

 廃ホテルまではぜんざいに乗って行けるだろう。


 その道をぜんざいが進もうとしたとき。

 おばあさんが近付いてきた。

 がっくりと腰が曲がっている、杖を突いた老人だ。

 ふらふらと歩いているが、その目線は丈二に向いている。


「あんた、あのホテルに行くのかい?」


 話しかけてきた。

 ぎぃぎぃと家鳴りのような、震えた低い声だ。

 少し不気味な感じがする。


「そうですけど……」

「止めといたほうが良い。あそこは本当に出るからね」

「出るって……何がですか?」

「鬼だよ」


 まさかの返答だった。

 丈二はてっきり幽霊のたぐいが出るのだと思っていた。

 鬼と言われると、心霊というよりも昔話のような感じがする。


「夜中になるとね。ちっこい餓鬼どもが走り回ってるんだ。この間も、若いアベックが襲われたんだよ」


 アベックってなんだ。

 丈二は聞いたことのない単語だ。

 ともかく若者が襲われたらしい。


 だが、傷害事件があったような話は知らない・

 何者かに怪我を負わされていたら、騒ぎになっているはず。

 襲われたと言っても、驚かされたとかその程度だろうか。

 

 老婆はぜんざいを見る。

 そしてヒヒヒっと笑った。


「頼もしい用心棒を連れてるみたいだけど、モノノケの類にゃ意味がないんじゃないかい。悪いことは言わないから、さっさと帰ることだね」


 そして老婆はふらふらと来た道に戻っていった。

 何と言うか、雰囲気のある人だった。

 彼女こそ妖怪なのではないだろうか。


「……冗談だよな?」


 丈二はサブレを見る。

 きょとんと首をかしげていた。


「夜に歩いたこともありますけど、鬼なんて見たことありませんにゃ」


 サブレが言うのなら大丈夫なのだろう。

 このあたりの事は詳しいはずなのだから。

 もしかすると、老婆にからかわれたのかもしれない。


「とりあえず行ってみるか」

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