第49話 スカウト

「先輩、ご飯の準備ができましたよ」

「分かった、今行く」


 サブレと話している途中だったが、お昼ご飯の準備ができたらしい。


「サブレも食べるだろ?」

「頂きますにゃ!」


 サブレは桶から出る。

 そして、ぶるぶると体を振るわせようとした。

 丈二はとっさにタオルでガード。

 予想通り。びしゃびしゃと水しぶきが飛んだ。


「おっと、失礼しましたにゃ」


 丈二はタオルを使って、サブレの体をふく。

 さらにドライヤーで乾かした。


 それから二人は居間へと向かった。

 すでに食事の準備がされている。

 おはぎ、ぜんざい、寒天はご飯の前で待っていた。


「こんなに色んなモンスターが一緒に居るなんて、初めて見ましたにゃ」

「……がう?」


 『なんだソイツは?』ぜんざいが怪訝けげんな目でサブレを見た。


「彼はサブレ。ついさっき来たお客さんです」

「がう」


 『そうか』ぜんざいはすぐにご飯に向き直った。

 サブレよりもめしの方が気になるらしい。

 ちなみに、今日のメインはカツオの竜田揚げだ。

 ぜんざいからすると、猫族は珍しい存在でもないのだろうか。


「さあ、サブレも座ってくれ、一緒に食べよう」

「失礼しますにゃ」


 サブレの分も用意されている。

 おはぎのすぐ隣だ。

 みんなが席に着く。

 丈二と牛巻の『いただきます』の声と共に、食べ始める。


「人間の食事にはずっと興味があったんですにゃ。箸を使うのは初めてですにゃ」


 サブレはワクワクするように箸を持つ。

 パッと見は猫っぽい手だが、意外と細かく動くらしい。

 器用に箸を使う。

 そしてパクリと竜田揚げを食べた。


「美味いですにゃ!」


 サブレは感激の声をあげた。

 揚げ物は初体験らしい。

 サクサクした食感がたまらないと喜んでいる。


「作り方を教えて欲しいぐらいにゃ!」

「え、料理ができるのか?」


 丈二は驚いた。

 だが、これだけ知能が高いのだから不思議でもないのだろう。


「先輩、この子をスカウトしましょう!」


 牛巻がグイッと体を前に出す。

 スカウトってなんだ。

 アイドルみたいな言い方だ。

 丈二はあきれる。

 

うちは芸能事務所じゃ――いや、似たようなものだけど」


 芸能事務所じゃない。と言おうとした。

 だが、実際には手懐けたモンスターたちに動画に出演してもらって稼いでいる。

 似たようなものだった。


「……スカウトは違うだろ。たぶん」

「動画に出てもらうためじゃないですよ?」


 じゃあ、なんのためだろうか。

 丈二が首をかしげると。


「料理を手伝ってもらうんです」

「料理?」

「この子たちのご飯準備するの大変なんですよ!?」


 牛巻はおはぎたちを指さす。

 確かに、この子たちのご飯を準備するのは大変だろう。

 主にぜんざい。

 ぜんざいの皿には山盛りの食事が用意されていた。

 すでに、ほとんどが無くなっているが。


「このままじゃ、動画編集の時間が無くなっちゃいますよ!」


 そもそも、牛巻には家事のために来てもらっているわけではない。

 メインの業務は編集作業だ。

 カット編集、倍速、テロップ、効果音。

 出来上がったものを見ると、簡単にできそうに見えるかもしれない。

 だが、実際には編集作業は大変だ。そこそこの時間がかかる。

 丈二も手伝っているが、やはり牛巻の方が上手いし早い。


 そんな編集作業をしてもらいながら、家事もやってもらっている。

 牛巻には頼りすぎていた。

 丈二は反省する。


「確かに、牛巻に負担をかけすぎていたよ。申し訳ない」

「分かってもらえれば良いんです」


 丈二は改めてサブレを見る。

 考えるとサブレに来てもらえたら、とてもありがたい。

 牛巻を手伝ってもらいながら、手が空いたら動画の方に出演してもらえる。

 普通に人を雇うよりも、メリットが大きい。


「僕としても嬉しい話ですにゃ。丈二さんのところなら、たくさん人間社会について学べるにゃ」


 色よい返事を貰えた。

 だが、すぐに丈二の家に来てもらうわけにはいかないだろう。

 サブレには解決しなければならない問題が残っている。


「ただ、その前に猫族を助けて欲しいのにゃ」

「助けて欲しいってなんですか?」

「ああ、サブレたちはさ――」


 丈二は牛巻たちにサブレの話をする。

 サブレたちが気づいたらダンジョンに居て、現在はコボルトたちに襲われていることを。


「もしかすると、例のナメクジが関わっているのかもしれない」


 あまり、食事中に出したい単語ではないが仕方がない。

 サブレの話では、コボルトたちは急に凶暴化したらしい。

 そこで思いついたのがナメクジだ。

 あいつらはモンスターを強化すると共に、凶暴化させる性質を持っていたはずだ。


 丈二は寒天を見る。

 体の中にふよふよと食事を浮かべて、ぼーっとしている。

 今はおとなしく、のんびりした雰囲気の寒天だって、ナメクジにつかれていた時は暴れていた。

 寒天と同じように、コボルトも凶暴化しているのかもしれない。

 それならば、なんとかしてあげたいが……。


「あたりまえだけど、俺一人で解決できる問題じゃない。おはぎたちは手伝ってくれるか?」


 丈二はおはぎたちを見る。

 最初に答えたのはぜんざいだった。


「がう」


 『当然だ』ぜんざいは当たり前のように答えると食事に戻った。

 

 ぷるんと震えた寒天からも、手伝う意思が伝わってくる。


「ぐるぅ!」


 『行こう!』おはぎはやる気に満ちた目を丈二を見ていた。

 丈二はその姿を見て、ふと思う。

 なんとなく、おはぎはナメクジ関連の問題に積極的な気がする。

 なにか、理由があるのだろうか。


 ともかく、三匹とも手伝ってくれるようだ。

 とても頼もしい。


「ありがとうございますにゃ! よろしくお願いしますにゃ!」


 サブレはぺこぺこと頭を下げる。

 その仕草は、なんとも日本人的だった。

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