第48話 猫の依頼

「とりあえず……元気ならその血を落としてもらえるか?」

「にゃ? 分かりましたにゃ!」


 サブレと名乗った猫は血まみれだ。

 衛生的によろしくないだろう。

 それに、ちょっとグロテスク。

 

 普通の猫なら、とりあえず病院に行った。

 だがサブレは、たぶんモンスター。

 本人も元気そうにしているし大丈夫なのだろう。


「あ、じゃあ私はお昼ご飯の準備しちゃいますね」


 そう言って、牛巻は台所に向かった。


「ああ、よろしく」


 丈二はサブレを風呂に案内する。

 そこにおはぎがやって来た。


「ぐるぅ?」


 『だれ?』おはぎはクンクンと鼻を鳴らしながら、サブレに近づく。

 とりあえずの臭いチェックだ。


「にゃにゃ!? ドラゴンが居るとは凄いですにゃ! しかも、どことなく神聖な感じがするにゃ」


 サブレはおはぎに驚いている。

 猫族にとってもドラゴンは珍しいものらしい。

 それに、一つ気になることを言っていた。


「神聖?」

「なんとなく、そう感じるにゃ」


 サブレも具体的には分からないらしい。

 そう感じるだけ。


「まぁいいか。お風呂の入り方は分かるか?」

「水浴びみたいな感じにゃ?」

「そうだな」


 サブレはお風呂の事も分かっているらしい。

 意外と人間社会を理解しているのだろうか。

 日本語も流暢に喋っている。


 丈二はサブレと話しながら、シャワーを出す。

 確か血は熱いお湯にかけると固まってしまうはず。

 丈二はぬるま湯くらいに調整して、サブレにかけた。

 

「いやー、暖かいお湯は良いもんですにゃー」


 ある程度の血は流れていく。

 だが毛にくっついてダマになっているのもある。

 このへんは湯船に浸かって、ゆっくり落としてもらおう。


 丈二は桶にお湯をためる。

 おはぎの入浴の際に使っている、ペット用のものだ。


「これに浸かって、残りは落としてもらえるか?」

「分かりましたにゃ!」


 サブレは湯船に浸かると、自分の毛をごしごしと洗う。

 少し時間がかかりそうだ。

 丈二はお風呂に浸かってもらいながら、話をすることにした。


「サブレはどこから来たんだ?」

「ダンジョンですにゃ」


 それはそうだろう。

 明らかにモンスターのたぐいだ。

 だが、サブレのようなモンスターは聞いたこともない。


「猫族って俺は聞いたことがないんだけど」

「ボクたちはずっと隠れてたにゃ。ダンジョンの入り口を隠して、人間に見つからないようにしてたにゃ」


 幸いなことに、サブレたちのダンジョンはちょっとした山の中に出現したらしい。

 周囲に魔法をかけて、ダンジョン自体が見つからないようにした。

 だから猫族は見つかっていない。

 もしかすると、頭の良いモンスターは人間に見つからないように生活しているのかもしれない。


「ボクたちがダンジョンに連れてこられたのは、何年か前にゃ。気がついたら、一族の皆で知らない森に居たのにゃ」


 その知らない森に転移した後。

 サブレたちは困惑しながらも周囲を探索。

 そこで明らかに異質な木を発見した。

 ダンジョンの出入り口だ。


 そこから外に出て、自分たちが住んでいたのとは全く異なる場所に来ていることを知ったらしい。


 そして、サブレはダンジョンの外を調査する役割を買って出た。

 外にでたサブレは『猫』という自分たちにそっくりな生き物が居ること知る。

 そこで猫の真似をしながら、人間社会について調べていた。


「猫族で日本語を喋れるのは、ボクだけにゃ!」


 サブレは自信満々にドヤ顔をする。

 実際に凄いことだと丈二は思う。

 調査をしながら、言葉を学んだらしい。

 行動力があって、頭の良い猫だ。

 普通は異国の地に行ったとして、一人で行動しようとは思わない。

 ましてや、言葉を学ぶ余裕なんてないだろう。


「そんなボクに、族長から使命が与えられたのにゃ。外の世界から信用できる人を探して、ボクたちを助けてもらうと」


 サブレは一転して暗い顔を見せる。

 嫌なことを思い出すように、顔をしかめる。


「だけど、外に出て少しして、変な人たちに捕まっちゃったのにゃ。その人たちにいじめられたにゃ」


 子供たちが話していた不良だろう。

 ここぞという所で失敗してしまったと、サブレは嘆いていた。


 これで丈二と出会うまでの話は聞いた。

 だが、肝心の部分が聞けていない。


「助けて欲しいって、どうしてだ?」

「おっと、伝え忘れてたのにゃ」


 てへへっとサブレは頭をかく。

 人間っぽい動作だ。

 これもどこかで学んだのだろうか。


「ボクたちのダンジョンには、他の種族も住んでいるのにゃ。コボルトたちにゃ」


 コボルト。

 そう言われても、丈二はいまいちピンとこなかった。

 なんとなく想像するのは、獣っぽいゴブリンみたいなイメージだ。


「犬に似てますにゃ。でも、犬よりもがっしりした人間っぽい体形ですにゃ。ボクたちよりも力が強くて、おっかない奴らですにゃ」


 二足歩行する犬。ちょっと人間寄り。

 そんな感じなのだろう。


「そいつらにいじめられてるのかい?」

「うーん……」


 サブレは悩んでいる。

 いじめられているわけではないのだろうか。


「もともとは平和に暮らしてたんですにゃ。お互い過度に干渉しないように約束してたんにゃ」


 だけど、とサブレは続ける。


「ちょっと前から、コボルトたちがおかしくなったんですにゃ。凶暴になった感じですにゃ」


 凶暴化。

 そう聞いて、丈二はナメクジのことを思い出した。

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