第39話 牛追い

「ここで、良いんだよな?」


 刑部と話した数日後。

 丈二はとある店の前に来ていた。

 隣にはぜんざい、おはぎ、寒天もいる。


「なんか、西部劇っぽい感じだ」


 色褪せた木材。

 武骨な外観。

 まるで西部劇の酒場だ。。


 周囲の建物はいたって普通の民家のため、少し場違いだが。

 それでも雰囲気は凄い出ている。

 映画のスタジオを切り取ってきたみたいに。


 そこは居酒屋『ウェスタン』。

 ここに刑部から紹介してもらった人が居るはずだ。


 カランカラン!

 両開きのドアを開けるとベルが鳴った。

 丈二に続けて、おはぎたちも入ってくる。


(良かった。中にいる人たちは普通だ)


 もしかしたら西部劇から飛び出してきた荒くれ者たちが集まっているのでは。

 そんなことを考えていた丈二。

 しかし店内には普通の人たちが食事を楽しんでいる。

 店員さんはコルセット風の服に赤いスカートと、コスプレっぽい格好をしているが。

 むしろモンスターを引き連れている丈二の方が、変な人だ。


「ドラゴンにデカい狼。あんたが丈二だな?」

「そうで――うぇ!?」


 声をかけられた丈二。

 声のした方を見ると、びっくりして声が出た。


 カツカツと階段を下りてくる男。

 その恰好は、まるでカウボーイ。

 テンガロンハット。少し土で汚れたシャツ。腰にはホルスター。

 濃い目のひげに、男らしい顔つき。細身だが、がっしりとした肉体。

 格好はまるでコスプレだが、コスプレと評するには堂に入っている。


「俺がこの店のオーナー。西馬にしまだ」

「あ、よろしくお願いします」


 西馬はスッと手を出してくる。

 ごつごつとした手だ。

 丈二も手を出して、握手をする。


「ま、上でゆっくり話そうか」

「分かりました」


 丈二は西馬に案内されて二階に上る。

 応接室に通されソファーに座らされる。

 丈二の前の低いテーブルにお茶が置かれた。

 そこは普通にお茶なのか。

 お酒でも出されたらどうしようと不安になっていた丈二だ。


「ぐるぅ」


 おはぎがパタパタと飛んできたので、膝の上に乗せておく。

 ちょこんと座り、話を聞く体勢だ。

 ぜんざいと寒天はソファーの後ろでおとなしくしていた。


 対面にドカリと座った西馬。

 彼は口を開いた。


「丈二さんは牛のモンスターに会いたいんだっけ?」

「そうです」

「たしかに、俺のダンジョンには『カウシカ』って牛のモンスターが居る」


 西馬はダンジョンの権利者だ。

 そのダンジョンには『カウシカ』と言う名前のモンスターが生息している。

 黒っぽいふさふさとした長い毛におおわれた。頭にシカのような立派な角を生やしたモンスターだ。

 ちなみに大きい角を生やすのが雄。雄の角は武器などの素材としても人気。        

 切っても生えてくるため、定期的に切っているらしい。


「確認しておきたいんだが、どうして会いたいんだ?」

「欲しいものがあるからです。肥料用の糞、牛乳……運が良ければ手懐けて連れて帰れたらなと思って」


 最後の方は遠慮気味だ。

 ダンジョンに生息しているモンスターは野生。

 だが実質的に管理しているのは西馬だ。

 西馬の許可が無ければ、会えないし手懐けられもしない。

 連れて帰りたいは、求めすぎかもしれない。

 だが、ここで変にごまかすのも不誠実な気がする。


 丈二は西馬の顔色をうかがう。

 強欲すぎだと怒られたらどうしよう。

 だが、丈二の不安とは真逆の反応だ。

 西馬はニヤリと笑っていた。


「手懐けて連れて帰りたいか……そのチャレンジ精神は嫌いじゃないぜ」


 西馬は何かが気に入ったようだ。

 フロンティア精神的なものに引っかかったのだろうか。

 西馬はグイッとお茶を飲み干す。


「分かった。カウシカと会わせる。糞も牛乳もやるし、本当に手懐けられたら連れて帰っても良い――ただし、一つ仕事をしてもらいたい」


 仕事とはなんだろうか。

 丈二は考える。

 乳しぼりの手伝いとか?

 だがそれだけの仕事で貰える報酬ではないだろう。


「最近、ちっとばかし厄介なカウシカが居てな」

「厄介?」

「デカくて強い奴だ」


 西馬が言うには、カウシカにはいくつかの群れがあるらしい。

 そのうちの一つ。

 特に大きな群れのリーダーが最近変わった。

 そのリーダーがデカくて強い。


「乳にしろ角にしろ、収穫するときはダンジョンの出口近くまでカウシカを誘導する。そこに必要な機材やらを集めているからな」


 収穫するにも機材が必要だ。

 それを置いてある収穫場まで、カウシカたちを連れていく。

 探索者に追い立ててもらって誘導するとか。

 牧羊犬が羊を動かすような感じだろう。


「だけど、その強い奴は、むしろ探索者たちを返り討ちにしちまうのよ」


 デカ強カウシカは気も強いらしい。

 探索者が追い立てようとしても、むしろ果敢かかんに襲ってくるとか。

 そのせいで大きな群れを動かすことができない。

 そうなると収穫量にも影響がある。


 その強い奴を討伐する話も出ている。

 だが、できるなら戦いたくはないらしい。

 戦闘の余波で、他のカウシカにも影響がでるかもしれない。


 さてどうしたものかと悩んでいるところに、刑部から話が来た。

 もしかすると、丈二なら何とかなるかもしれない。


 西馬はソファーの後ろでおとなしくしている、ぜんざいたちを見た。

 その様子だけ見ると、丈二が上手くぜんざいたちを御しているように見えるのかもしれない。

 実際には、ぜんざいたちが賢いため、丈二のお願いを聞いてくれているのだが。


「丈二さんは、モンスターのあつかいに長けているようだ。アイツを何とか動かしてくれないか」


 それが仕事。

 なんとかして牛たちを誘導して、収穫場まで連れていく。

 あとは西馬と、雇った探索者たちで何とかするらしい。


 できるかは分からない。

 だが西馬もダメで元々。と言った感じがする。

 とりあえず挑戦してみよう。

 丈二はうなずいた。


「……分かりました。とりあえずやってみます」

「頼むぜ」


 丈二の頭の中では、スペインの牛追い祭りのイメージが流れていた。

 牛の前を人が走って、牛に追いかけられるものだ。

 最悪、あんな感じで誘導するしかないかもしれない。

 赤い布でも用意しておこう。

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