第38話 牛乳を求めて

 ダンジョンには天気がある。

 晴れの時があれば、雨の時もある。どっちつかずな曇りの時もある。

 なんでも精霊たちの働きによって決まっているとかなんとか。


 その日、おはぎダンジョンは見事に晴れ。

 ダンジョンで遊ぶおはぎと寒天の様子を動画に収めた後だった。


「ほわぁ!」


 マンドラゴラたちが走り寄ってくる。

 あれから数は増えていない。

 三匹だけだ。

 畑には大根の芽が顔を出している。


 最近は、なんとなく彼らが言いたいことが理解できるようになってきた。

 繋がりが出来て、手懐けられているのだろう。

 ぜんざいや寒天の時ほど分かりやすい感覚はなかったが。

 魔力量によって繋がりの分かりやすさに違いがあるのかもしれない。


 さて、走って来たマンドラゴラたち。

 その一匹が丈二の前で鳴き叫ぶ。

 他の二匹はちょっと困り顔。

 だけど丈二の方をジッと見つめている。我がままを言い出せない子供みたいな雰囲気だ。

 ここ最近、丈二が毎日見ている光景。


「ほわぁ!!」


 『おいしい肥料が欲しい!』これがマンドラゴラの主張だ。

 以前与えた肥料で、いったんは納得してくれた。

 だが、満足はしていなかったらしい。

 もっと美味しいものを、と騒ぎ出した。


 丈二だって、多少のわがままは聞いている。

 店で売っている物のなかでも、高めの物を購入してきていた。

 それでもお眼鏡にはかなわなかった。


 ……もしかすると、市販の物では満足できないのかもしれない。

 マンドラゴラはモンスター。

 モンスターには、モンスター向けの肥料が必要なのかも。

 ただの我がままではなく、マンドラゴラたちの栄養状態に影響が出る可能性もあるだろうか。


「分かった。なんとかしてみるよ」

「ほわぁ?」


 『ほんとか?』騒いでいたマンドラゴラは鳴き止む。

 なんとも現金な子だ。

 他の二匹も期待したように見つめてくる。


 しかし肥料か……。

 丈二は考える。


 肥料と言えば、家畜の糞から作っているイメージだ。

 モンスターの糞から作れば、マンドラゴラたちが満足いくものができるかも。

 もしかすると、魔力を帯びた肥料が作れるかもしれない。

 そして家畜と言えば。


「……牛のモンスターとかかなぁ」


 牛っぽいモンスターもたくさん居たはずだ。

 彼らの糞を使えば、良い肥料が作れるかも。

 だが自家製をするとなると、いちいち取りに行くのは面倒。


「牛、手懐けられないかなぁ……」


 丈二はダンジョンを見渡す。

 見た目では分からないが、おはぎダンジョンの広さは大きめの公園くらいだ。


 ダンジョンにしては、ずいぶんと狭い。

 だが丈二たちだけで使うには広すぎる。


 現状、ほとんどのスペースは使っていない。

 牛くらいの大きさなら、3頭くらいは問題なく飼える。

 エサも問題ないはずだ。

 牧草ならマンドラゴラたちに管理して貰えば良いだろう。


 なによりも牛乳だ。

 牛系のモンスターから採れる牛乳は美味しいらしい。

 だがとても高価。


 比較的温厚なものでもモンスターはモンスター。

 その牛乳を手に入れるのは大変だ。

 探索者が上手いことモンスターを無力化して、その隙に乳しぼりをするとか。

 そのせいで牛乳にしてはびっくりな値段設定をしている。


 あるていど生活に余裕がでてきた丈二。

 だが『牛乳にその値段は……』と思い、一度もその牛乳を飲んだことはない。

 タダで飲めるのなら、飲んでみたい。


「とりあえず、会いに行ってみるか!」


 丈二は牛のモンスターに会いに行ってみることを決めた。

 ダメでもともと。

 肥料用の糞と、できれば牛乳を回収するだけでも良いだろう。

 懐いてくれたらラッキーだ。





「うーん、どうですかねぇ……」


 スマホから刑部おさかべの声が聞こえる。

 丈二は牛のモンスターに会いたいことを相談した。


 丈二はモンスターについて詳しくない。

 一方の刑部はモンスター向けグッズ店の娘。

 よさげなモンスターを知っているのではないかと思ったのだ。


 しかし、その返答は微妙なもの。

 カスタマーサポートのお姉さんが、客から無理難題を押し付けられたときみたいな反応。

 なにか問題があったのだろうか。


「丈二さんが会いたいのって、乳牛っぽい牛型モンスターですよね?」

「そうだけど……」

「ああいうのって、管理が厳しいんですよね。例えば――」


 刑部が説明してくれた。

 丈二が求めているような、美味しい牛乳を出してくれるような牛型モンスターは価値が高い。

 牛乳も牛肉も高値で売れるからだ。


 そのため、そういったモンスターが出現するダンジョンは、企業や個人が所持している場合がほとんど。

 ダンジョンを管理するコストよりも、モンスターが生んでくれる利益の方が大きいからだ。


 当然ながら牛型モンスターも、その人たちが管理している。

 手懐けているわけではないが、個体数の管理などはしているらしい。

 牧場と言うよりは、漁業に似ているかもしれない。

 完全に飼育しているわけではないが、種の増減を管理している感じ。


「牛乳も不味い、肉も不味い。筋肉バキバキ超危険! みたいなのなら、そこらのダンジョンで会えますけどね」

「そっかぁ……」


 丈二が想像していたような、牛っぽい牛のモンスターに会うのは難しいらしい。

 諦めるしかないだろうか。

 丈二がそう考えていると。


「あ、でも一つだけチャンスはあるかもしれません」

「チャンス?」


 刑部は何か思いついたらしい。

 しかし、チャンスとはなんだろうか。


「私の知り合いに、ダンジョンを所持してる人が居るんですけど――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る