第25話 犬を洗うのって大変だよね

「お、大きいワンちゃんですね……」


 ペットエステの職員さんは、ぜんざいを見て引き気味だ。

 やはり無理なのだろうか。

 丈二は気まずそうにする。


「やはり、この大きさはムリですか?」


 職員はいえいえと首を振った。


「大丈夫ですよ。これくらいの大きさなら想定内ですから。こちらへどうぞ」


 丈二たちは職員さんに付いて行く。

 通路はなかなか広い。

 ぜんざいが問題なく通れるほどだ。

 たしかに想定済みなのだろう。


「こちらで洗います」


 連れていかれた先は広い風呂場みたいな場所だ。

 銭湯から、湯船とシャワーを無くした感じ。

 代わりにホースが伸びている。


「そうだ、丈二さん」


 なにかを思いついたように、刑部おさかべが声をあげた。


「どうせなら、洗われてる様子を撮影して投稿したらどうですか?」


 たしかに、犬猫を洗っている動画は見たことがある。

 毛が濡れて体に張り付くと、本体が思ったよりも小さくて驚いたりする。

 ぜんざいもそうなるかもしれない。


 だが、一つ問題があった。


「今日は撮影機材を持ってきてないんだよね」


 今日は遊びに来ただけ。

 いつもの撮影用機材は持ってきていなかった。


「スマホも持ってないんですか?」

「持ってきてるけど……あ、そうか」


 スマホで撮影できることを忘れていた。

 撮影は専用の機材を使っていた。

 私生活でスマホのカメラを使う機会などない。

 完全に丈二の意識から外れていた。


 丈二はポケットからスマホを取り出す。

 もっとも有名なブランドのスマホだ。

 学生時代に周りの人たちが選んでいたから、なんとなく同じものに。

 そしてそれ以降も、使い慣れた物を買い続けている。


「新しめの機種じゃないですか。これなら問題なく撮影できますよ」


 たしかに、カメラの性能は申し分ないのだろう。

 新型が出るたびにカメラがどうこうと言っている。


「それじゃあ撮ってみようかな……」


 だが、そこで丈二は気づいた。

 職員の方を向く。


「そもそも撮影って大丈夫なんですかね?」


 勝手に撮影はマズいだろう。

 施設側が許可をくれないと撮影できない。


 職員はにこやかに答えた。


「大丈夫ですよ。ネットへの投稿も問題ありません」


 なんでも、撮影の要望はたまにあるらしい。

 刑部も撮影して投稿したことがあるとか。


 それならば遠慮なく撮影させてもらおう。


「それじゃあ、よろしくお願いします」




 以降は投稿された動画と、それに付いたチャットの反応だ。


『今日はぜんざいの動画だっけ?』『ぜんざいって?』『このあいだの配信で懐いてた、デカい狼の名前だよ』『そういえば、SNSで名前発表されてたな』


 動画が始まる。

 画面には銭湯のような風景が映った。

 その真ん中にはぜんざい。

 周りには作業用のレインコートに身を包んだ3人。


『なんだここ……』『銭湯?』『怪しい実験場にも見えるわ』『それ、周りにいるレインコートのせいだろwww』


「今日は『クシナダ』の『モンスターパーク』に来ています。そこのペットエステでぜんざいを洗ってもらいます」


『あー、あそこか』『モンスター見れるとこ?』『そうそう』『トリマーさんの格好が完全に清掃員なんだがwww』


 職員たちはそれぞれの手にノズルを持っている。

 ぜんざいに近づくと、そこから水を出して濡らし始めた。


『三人がかりで洗うのかwww』『このデカさは一人じゃ辛いやろ』『犬なんて一匹洗うだけで大変だからな……』


 ぜんざいは特に逃げたりはしない。

 むしろ気持ちよさそうに目を細めている。

 濡らすついでに軽いマッサージもしているらしい。


「ぜんざいさん気持ちいですか?」

「ぼふ」


 丈二が声をかける。

 『悪くない』とぜんざいはまんざらでもなさそうだ。


『俺もマッサージとか行きたくなってきた』『俺も肩こりひどいんだよな』『学生のころは、こんな悩み無かったのにな……』『なんか哀愁が漂ってきたんだが』


 チャット民たちが失った若さを振り返る。

 そのあいだもぜんざいの体は濡れていく。

 毛が体に張り付いて、どんどんしぼんでいった。


「さすがに猫とかほどじゃないけど、ある程度かさ増しされてるもんだんだなー」


『かさ増しwww』『俺の頭もかさ増ししてくれ……』『涙拭けよ……』


 全体的に濡らしたら、職員たちはボディータオルにシャンプーを垂らして泡立てた。

 それを使って、わしゃわしゃとぜんざいの体を洗い始める。


 ここで早送り。

 倍速で動く職員たちが、みるみるうちにぜんざいの体を泡だらけにしていく。

 羊のように、体全体が泡で包まれていった。


『モコモコや!』『狼が羊みたいになってて草』『でも倍速でこの速度なんだよな……』『職員さんマジでお疲れ様です』


 全体を洗い終わると、職員たちはぜんざいの体を流した。

 泡が流れてスッキリする。

 そして職員たちは、ずぶ濡れになったぜんざいから離れる。


「うぉ!?」


 ブルブルブル!!

 ぜんざいが体を震わせると、周りに水滴が飛び散った。

 瞬間的なゲリラ豪雨のようだ。


『すげぇ!www』『犬がやるやつだけど、デカいと迫力が違うわwww』『職員が離れてからやるあたり、ぜんざいは紳士だなwww』


 その後は職員がタオルとドライヤーを使って、ぜんざいを乾かした。

 しかし、乾かすだけでも何枚ものタオルを使った。

 あまりにも大変そうな作業だ。


 その様子を見て、丈二はつぶやく。


「ぜんざいさんを洗うのは一人じゃ無理だな……」

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