第19話 大狼の名前

「うわ!? 実物はスゴイ迫力ですね!?」


 夕焼けに照らされた住宅街。

 そこに大きな声が響いた。


 丈二家の玄関先。

 エプロン姿の牛巻が、大狼を見て驚愕した。


「配信で見てたんだろ?」

「見てはいましたけど……」


 だが、ここまで大きいとは思わなかったらしい。


「この子、家に入らなくないですか?」


 それは当然の疑問。

 大狼は高さだけでも、丈二の背丈よりも大きい。

 全長や横幅を考えると、大きさはデカめの自家用車くらい。

 家の中に車を置けるか?

 いや、置けない。


「ああ、それについては大丈夫なんだ」

「大丈夫とは?」

「見たほうが早いだろう。狼さん、お願いします」

「ぼふ」


 大狼は静かに鳴く。

 それと同時に、薄っすらと体が光り、その体が縮んでいく。

 最終的には、大きめのライオンくらいの大きさに収まった。


 これなら、問題なく家に入れる。


「ばう」


 『窮屈だ』大狼は少し不快そうに眼をゆがめた。

 どうやら、小さくなり続けるのは若干の不快感があるらしい。


「すいません。新しい住処を探しておきますから」

「ばう」


 『気にするな』。大狼はおっさんが首をほぐすように、その体を動かしていた。

 とりあえず、我慢はできるようだ。


 だが、あまり不便を強いるわけにもいかない。

 真剣に引っ越しを考えておかなければならないだろう。


「ぐるぅ?」


 小さくなった狼の背中。

 そこから、こてんとおはぎが落っこちた。

 小さくなったことで、バランスが崩れてしまったのだろう。


 普通の動物であれば、少し心配になる。

 だがそこはドラゴン。

 体が頑丈なようで、痛がっている素振りはない。


 おはぎは寝ぼけたように、キョロキョロと周りを見る。


「おはぎ、これからご飯だよ」


 丈二はおはぎを抱き上げる。


「ぐるぅ♪」


 目が覚めてきたおはぎは、嬉しそうに喉を鳴らす。

 そして丈二の顔を舐めてきた。


「いや、俺はごはんじゃないんだが……」

「先輩、それは犬で言ったら親愛の証ですよ!」


 とりあえず、好意的なものとして受け取っておこう。

 丈二はそう考えながら、家に入った。

 後ろから大狼もついてくる。

 

「狼さんはなんて名前なんですか?」


 ガラガラと玄関を閉めながら、牛巻は聞いてきた。


「名前、名前かぁ……」


 丈二は大狼を見る。

 毛の色は、青みがかった灰色の毛と、真っ白な毛が混じっている。

 落ち着いた老犬っぽい雰囲気。


「ぜんざい……とか?」

「先輩って、独特なネーミングセンスしてますよね」


 そんなに悪いだろうか。

 丈二は、はてなマークを頭に浮かべる。

 黒っぽい毛と白っぽい毛が、汁とお餅っぽいかと思ったのだ。


 丈二は大狼を見る。

 気に入ってくれないだろうか?


「ぼふ」


 『その名でかまわない』。興味もなさそうに、大狼は後ろ足で頭をかいていた。

 あまり自分がなんと呼ばれるかに、興味がないのだろう。


「かまわないらしい。それじゃあ、改めてよろしくお願いします。ぜんざいさん」

「お願いします!」

「ぼふ」


 『よろしく』ぜんざいは短く鳴いた。


「それじゃあ、ご飯にしちゃいましょうか」

「そうだな。ぜんざいさんも付いてきてください」


 二人と二匹は居間へと歩いていく。

 すでに台所からは肉を焼いた良い匂いが漂ってくる。

 牛巻は台所へ向かうと、さっそく料理を用意し始めた。


「モンスターと言っても狼ですからね。念のため、犬が食べても大丈夫そうな物にしてみましたよ」


 牛巻が用意したのはステーキだ。

 ぜんざい用の皿には山盛りのステーキが乗せられている。


「焼くの大変でしたよ。もっと大型のキッチンが欲しくなりますね」


 丈二たちの前にはガーリックソースも置かれている。

 ぜんざいは、そのソースが気になるようだ。

 丈二の前に置かれたソースをくんくんと嗅いでいる。


「ぼふ」


 『それはなんだ?』ぜんざいはソースの匂いが気に入ったのだろうか、しきりに鼻を鳴らしている。


「料理にかける用のソースです。でも、にんにくが使われているので、狼には毒かもしれません」

「ばう」「がう」


 『私も欲しい』『毒は効かない』そう言って、尻尾を振っている。

 よほど食べたいのだろう


 丈二は少し悩む。

 普通、ペットの管理をするのは飼い主の務めだ。


 だが、ぜんざいは知能の高いモンスター。

 ペットと言うよりも、友人に近いと思う。

 本人が大丈夫だというのなら、本人の意思を尊重するべきだろうか。


 それに、一般的にモンスターと動物は異なる生態を持っている。

 犬に毒だからと言って、犬っぽいモンスターに毒とは言えない。


「分かりました。ただ体調が悪くなったら、すぐに言ってくださいね?」

「ばう」


 『心配するな』ぜんざいは自信に満ちた鳴き声を上げた。

 

 実際のところ、ぜんざいの風格から見るに、丈二よりもよっぽど長生きしているだろう。

 博識な老犬がそう言っているのだ。

 経験則から大丈夫だと確信しているのだろう。


「では……どうぞ」


 丈二はぜんざいのステーキにソースをかける。

 そして食事の挨拶をすると、ぜんざいはステーキにかぶりついた。


「がう」「はふはふ」


 『美味い!』『美味いぞ!』

 ずいぶんと気に入ってくれたらしい。

 老人のような落ち着いた雰囲気はどこへ行ったのか。

 育ち盛りの高校生のように、ガツガツと肉にかぶりつく。


 その様子を牛巻は嬉しそうに見ていた。


「この分なら、なに食べても大丈夫そうですね」

「そうだな。いちおう、明日は獣医さんのところに連れて行くけど」


 おはぎを連れて行っているところだ。ぜんざいの事も診てくれるだろう。


 しかし、ぜんざいの食べようはスゴイ。

 出会ったときには死にかけていたが、ぜんざいはまだまだ長生きしそうだ。

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