第17話 おはぎの進化

「丈二さん、すいません。この状況から逃げるのは難しいですね」


 半蔵は歯噛みしながら言った。

 周りは完全に囲まれている。

 この状況から、丈二を抱えて逃げることは難しいだろう。

 だけど、これならどうだろう。


「……おはぎだけなら、どうですか?」

「それは……可能ですけど」


 小さなおはぎを抱えて逃げるくらいなら、なんとかなるらしい。


「最悪の場合。俺がおとりになりますから。その時はお願いします」

「……分かりました」


 もちろん、丈二も簡単に犠牲になるつもりなんてない。

 できるかぎり、あがいてみるつもりだ。

 この状況で鍵になるのは……。


「ぼふ」


 せき込むように大狼が鳴いた。

 大狼は人狼を睨みつけている。

 敵対的な関係であることは明らかだ。


 大狼を治すことが出来れば、戦況は逆転するだろう。


「おはぎ、人狼アイツを足止めてきるか?」

「がう!」


 おはぎは『任せて!』と大きく鳴いた。

 なんとも頼もしい。


「半蔵さんは周りの狼から、俺と大狼を守ってくれますか? できれば、おはぎの支援も」

「分かりました」


『おはぎちゃんイケー!!』『人狼をぶっ飛ばせ!』


 最初に動いたのは人狼だった。

 ダン!!

 地面を強く蹴って飛び出す。その爪を振り上げて、丈二たちに襲いかかる。


「ぐるぅ!!」


 それに正面からぶつかるように、おはぎが飛びだす。

 頭からミサイルのように突っ込む。


「ガルァ!!」


 人狼は爪を使って防御。

 おはぎの頭突きは強力だ。

 生身で受けては危険だと察知したのだろう。


 だが、おはぎはそれで止まらない。

 背中の小さな羽をパタパタと動かして、空中に飛び上がった。

 その口から光線が走る。

 狙いは人狼だ。


 ズドン!! ズドン!!

 光線は爆発を起こしながら着弾する。

 しかし、人狼は軽々とした身のこなしで避ける。


『おはぎちゃん強い!!』『一方的に撃たれる怖さを思い知れ!』『でも人狼も素早いな……』


 おはぎと人狼の戦闘力は同じくらいだろうか。

 だが、いまいち両者とも攻め手が無いように見える。

 空を飛べるおはぎ。ビームを避ける人狼。

 どちらも強力な攻撃が当てられない。


 そして、これは二匹だけの戦いじゃない。


「ガルルァ!」

「うぉ!?」


 丈二の真横から狼が飛び出してきた。

 鋭い爪が目の前に迫る。


「ギャン!?」


 ザク!!

 狼の額にクナイが突き刺さった。

 短い悲鳴と共に、狼は倒れる。


 半蔵が投げた物だ。

 半蔵は狼の群れと戦っている。

 特に強い個体が何匹かいるらしく、そいつらと戦いながら丈二たちを守ってくれている。


『忍者、有能』『流石忍者』『もっとニンニンしていけ』


 どちらの戦況も、すぐに負けることはないだろう。

 だが、いつまで持つかは分からない。

 だからこそ早く大狼の治療を進めたいのだが。


「もっと回復魔法の練習をしておけば良かった!」


 傷の治りが遅い。

 先ほどよりも治りが遅い気がする。

 焦りのせいで魔法が崩れているのか、あるいは焦っているからそう感じるのか。


「ばう」


 大狼が鳴いた。

 大狼のほうに顔を上げる。

 その眼はジッと丈二を見つめている。

 すべてを見透かされている感じがする。

 理知的な老人がするような、豊富な知識と経験から世界を観察している目だ。


「ぐるる」


 大狼は低く、しかし優し気にうなった。

 そして納得したように目を閉じる。

 次の瞬間。


 繋がった。


「なんだこれ?」


 丈二と大狼のあいだに、何かしらの繋がりが出来た気がする。

 具体的なことは言えないのだが。


「がう」


 『私が手を貸そう』大狼がそう言った気がした。

 今までは大狼が鳴いても、ここまで明確に意思が分かることは無かった。


 ふと、獣医の先生が言っていたことを思い出す。

 モンスターを『手懐ける』という行為。

 それは人とモンスターの精霊間で繋がりができること。

 と言う説があるらしい。


 あくまでも、いくつもある説の一つであり、確定ではないと言っていた。

 だが、さきほど感じた繋がり。

 あれは精霊間で繋がりが出来たときのもの。かもしれない。


「ぐるる」


 大狼が鼻先を近づけてくる。

 鼻の横辺りを撫でる。


「うぉ!? なんか知らない魔法の知識が入ってくる……」


 ちょっと怖い。

 データをインストールしているパソコンの気分はこんな感じなのだろうか。

 こんな感覚を常日頃味わっているのだろう。

 あまりパソコンになりたいとは思えない。

 丈二はそんなことを考えていた。

 いや、パソコンになるってなんやねん。


 だが、この魔法を使えば状況は一気に好転する。


「がるる」


 『さぁ使え』そう言って大狼はおはぎを見上げた。

  丈二はそれに従って、杖を構える。


「おはぎ、受け取れ!!」

「ぐる? ぐるぅぅ!?」


 おはぎがピカピカと光る。

 その周りから黒い雲のようなものがあふれて、おはぎを包み込んだ。

 

 ゴウ!!

 おはぎを中心として突風が吹き抜ける。

 黒い雲が消え去る。

 そこには大きな黒いドラゴンが飛んでいた。


「ガウァァァ!!?」


『ふぁ!?』『なんやソレ!?』『おはぎちゃんが大きくなっちゃった!』


 人狼が驚きの声を上げた。

 それに続くように、コメント欄も大盛り上がりだ。


「ぐる?」


 おはぎ自身も不思議そうに自分の体を見下ろしている。

 だが、すぐに大きくなっていることを理解したらしい。


「ぐるぅ! ぐるるぅ!」


 嬉しそうに空を飛び回る。

 しかし、ハッとしたように狼たちを睨みつけた。

 大きく息を吸って。


「ギャオォォォォォン!!」


 特撮映画さながらの咆哮が響き渡る。

 それを聞いた狼たちは、尻尾を丸めて逃げ出していく。


「ガル!! ガルァ!?」


 人狼はそれを引き止めるように吠えるが、狼たちは止まらない。


 さらに、おはぎの口元が光り出した。

 今までよりもさらに強く。

 圧倒的な威圧感を放っている。

 食らったらヤバイ。

 おはぎの敵であれば、一瞬でそう感じるだろう。


「ガルルルゥ!!」


 人狼が走り出した。

 深い森の方へと足を動かす。

 森の中なら避けきれると判断したのだろうか。


 だが、進化しているのはおはぎの見た目だけじゃなかった。

 そのビームも進化していた。


 おはぎの口から光線が放たれる。

 それは八つに分裂すると、それぞれが人狼を追いかける。


「ガルルァ!!?」


 四方八方から迫る閃光。

 もはや逃げ場はない。


 チュドン!!

 大きな爆発。

 それと共に人狼の動きは完全に止まった。

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