第13話 ありがちな展開?

 ダンジョン探索をするのであれば、探索者として登録する必要がある。


 だが難しいことは何もない。

 『探索者管理局』に申請すれば、誰でも登録できる。


 しかも、現代はネット社会。

 この申請だって、必要な書類を用意すればスマホから簡単にできてしまう。


 できてしまうのだが。


『えー、それじゃつまんないですよ。ギルドに行って登録してきてくださいよ』

 そう牛巻が言ってきた。


 ちなみに『ギルド』と言うのは、『探索者管理局出張所』の愛称だ。

 いまどき、誰もフルネームで呼ぶことはない。


 面白さで、わざわざギルドまで行く必要がないだろうと反論したのだが。


『動画撮影は出来ませんが、ギルドの前で写真を撮ってSNSに投稿しましょう。ちょっとした話題作りです』


 意外とちゃんとした理由があった。


 今後の活動のためなら仕方がない。

 丈二は重い腰を上げて、ギルドへとやってきた。


「ちょっと、緊張するな」


 見た目はなんてことのない建物だ。

 市役所なんかの雰囲気に似ている。


 だが先ほどから出入りする人々が特徴的だ。


 筋肉もりもりの大男。張り詰めた雰囲気をまとう女性。

 鋭い目つきの影をまとったような男性。などなど。


 別に武装しているわけじゃない。私服だ。

 見た目こそ普通だが、まとっている雰囲気が独特だった。

 やはり生きるか死ぬかの戦いをしていると違うのだろう。


 いっぽうの丈二は、少し老け顔のおっさんだ。

 なんとなく頼りない顔をしている。


 特徴と言えば、片手に持った動物用のキャリーケース。

 天井に開いた穴から、おはぎがひょこりと顔を出した。


「ぐるぅ!」


 丈二が不安に思っているのを察したのだろうか。

 『心配するな』と力強く鳴いた。


「そうだよな。探索者の登録をしてくるだけだ。すぐに終わるよな」


 ネット小説などでは、ギルドに入った主人公が強面の人に絡まれる展開がお約束だ。

 だがここは現代日本。異世界ではない。

 そんなヤバい奴は居ないはず……と思いたい。


 自動ドアをくぐって中に入る。

 よく清掃されたピカピカの内装だ。清潔感がある。


 丈二は奥の方にある機械から、整理券を取った。

 番号で呼ばれれば、手続きができるはずだ。


 近くの椅子に座って待っていると――


「あんた、探索者の登録に来たのか?」


 声をかけられた。

 重いものを引きずった時のような、低い声だった。

 びくりと顔を向ける。


 え、外国の方ですか?

 そう丈二は思ってしまった。


 綺麗なほどに黒く焼けた肌。

 つるりとしたスキンヘッドの頭。

 少なくとも2メートル以上はあるだろう大きな体。

 その全身から浮き上がる筋肉。


 着ているシャツがパツンパツンだ。

 サングラスの隙間からは鋭い目がのぞける。


「そ、そうですけど」


 男はじろりと丈二を見た。

 目つきが怖い。


 これはお約束展開かもしれない。

『お前みたいなのが探索者だぁ? 雑魚は家に帰りな!』

 なんて言われるのかもしれない。


 残念ながら丈二には、異世界主人公のような胆力も強さもない。

 逃げ帰る準備のために、キャリーケースをグッと握る。

 次の瞬間――


「いつも動画見てるよ! ほら、ドラゴンエナジーも買っちまったよ!」


 男はニカリと笑った。

 まぶしいほどの笑顔だ。

 先ほどまでの強面が嘘のよう。


 ズボンのポケットからドラゴンエナジーを取り出して、丈二に見せてくる。


「あ、はぁ、ありがとございます」


 突然のことに、丈二の頭が追い付かない。

 だが、おはぎのファンの人だったようだ。

 丈二はホッとする。


「探索者登録するってことは、ダンジョン配信もやるのか?」

「はい。そのつもりです」

「おいおい! めっちゃ楽しみだな!」


 男の目線がキャリーケースに移った。

 そこからは『なんだなんだ?』とおはぎが顔を出している。


 男の目がハッと見開いた。


「な、なぁ、おはぎちゃんを撫でてもいいか?」

「おはぎが嫌がらなければ良いですよ」

「それじゃあ、失礼するぜ」


 男は慎重におはぎに触った。

 そしてゆっくりと撫でる。


「ぐるぅ!」


 おはぎは嬉しそうにして、男の手をぺろりと舐めた。


「っ!!?」


 男は硬直する。

 もしかして舐められたのが嫌だったのだろうか。

 丈二は心配したが、そうではなかったらしい。


 男の顔がでろりと溶けた。

 娘を溺愛する父親みたいな顔だ。

 にやにやと笑っている。


「うぇへへへ。俺はもう手を洗わねぇよ」


 洗ってくれ。


「あの、ちょっといいかしら?」

 

 凛とした女性が話しかけてきた。

 女性は少し恥ずかしそうにしている。

 視線はおはぎに釘付けだ。


「あの、私も撫でさせてもらえないかしら?」


 気がつくと、周りに人が集まっている。

 その声に続くように『俺も』『私も』と声が上がる。


「あ、えっと、とりあえず並んでもらって良いですか? おはぎが嫌がらなければ大丈夫ですから」


 突発的に、おはぎの握手会が始まってしまった。

 おはぎの前に列ができる。

 さりげなく、ギルドの職員の人も並んでいた。

 仕事しろ。


 その後、丈二の探索者登録が終わるまで、少し時間がかかった。

 だがその代わりに、おはぎが探索者活動を始めることがSNSで話題になった。

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