第12話 運動不足

「運動不足かもしれないね」


 近場にある動物病院。

 おはぎが来てから、ずっとお世話になっている病院だ。

 そこの診察室で、先生が言った。


「運動不足ですか……」


 丈二は診察台に乗せられたおはぎを見る。


「ぐる?」


 『どうした?』と首をかしげて丈二を見上げていた。


 たしかに、ぽっちゃりしてきているかもしれない。


 牛巻が来るようになってから、ご飯が美味しい。

 ついつい食べ過ぎてしまう。

 それはおはぎも同じだ。


 運動不足もその通りだろう。

 おはぎはあまり外に出していない。


 おはぎは今じゃ有名人。いや有名ドラゴン?


 ともかく、あまり外をうろつくのは危ないかと思った丈二。

 運動も家の中でしかさせていなかった。

 それでは足りなかったのだろう。


「ああイヤ、肉眼で見ても分からないよ?」

「え?」


 そういうことじゃないらしい。


「正確に言えば、魔法不足。あるいは戦闘不足かな?」


 先生はプリントされた写真を見せてきた。

 それはおはぎの写真。

 しかし普通の写真ではなく、サーモグラフィーのような感じだ。


 黒くなったおはぎのシルエット。

 その真ん中から、青い光が外にあふれている。


「おはぎちゃん。それに僕や貴方が魔法を使えるのは『精霊』のおかげだ。それは知っているね?」

「はい。学校で教わりましたから」


 精霊。

 それはざっくりと表現するならば『寄生虫』のようなものだと教わった。

 実際には虫ではないが。


 分類的には『魔力生命体』と呼ばれているらしい。

 実体のない。エネルギーだけの存在だ。


 そいつが生物に寄生することで、魔力と言う特殊な力を生成することができる。

 この魔力によって発生する事象が魔法だ。


 現代では、ほとんどの日本人がこれに感染している。

 正確に言えば、感染しにいった。


 丈二の親世代が小学生くらいのとき。精霊が発見された。

 その力を使えば多くの人々がダンジョンに入り、モンスターと戦う力を得ることができる。

 それは朗報だった。


 当時、日本には次々にダンジョンが発生し、モンスターへの対処が間に合わなくなっていた。

 それに対処するため、国は若い世代を精霊に感染させて、モンスターと戦わせることを決めた。

 これが探索者の始まりだ。


 そして精霊に感染した人の子供も、精霊に感染している。

 丈二などは、生まれた時からあたりまえに魔法があった世代。

 ナチュラルマジック世代だ。


「おはぎちゃんはね。精霊の育ちが悪いと思う」


 精霊と言うのは、魔法を使うほど育つらしい。

 筋肉のようなものだ。


 そして魔法と言っても色々ある。

 火を撃ちだしたりするような、魔法っぽい魔法だけじゃない。


 前衛系の探索者などは、身体能力を上げるために魔力を使う。

 これも魔法に分類される。


「僕たちと違って、モンスターは精霊が居て当たり前の身体構造をしているからね。精霊の育ちが悪いと、身体器官に影響がでるかもしれない。僕らにとっては運動不足で筋力が衰えているような状態だね」


 人間の筋力が衰えれば、体の様々な部分に影響が出る。

 それと同じようなことが、おはぎに起こるかもしれないらしい。


「えっと、具体的にはどうしたら良いんでしょうか?」

「ダンジョンに連れて行ってあげるのが一番じゃないかな。おはぎちゃんにとっては良い運動になると思うよ」


 ダンジョンか……。

 丈二は考え込む。


 おはぎのためには行った方がいいのだろう。

 丈二自身も前々から行こうとは思っていた。

 だが単純に怖い。


 丈二は危険なダンジョンに入ったことなどない。

 モンスターと戦ったこともない。

 万が一のことを考えると、どうしても足がすくんでいた。


 その様子に先生は気づいたらしい。

 ぽんと丈二の肩に軽く手を乗せる。


「心配だったら、最初は探索者の人に護衛してもらうと良いよ。まぁ、おはぎちゃんならよほどのことがない限り、大丈夫だと思うけどね」


 そうか、護衛を雇うと言う手もあったのか。

 丈二は納得した。

 今はおはぎのおかげで、金銭的にもある程度の余裕がある。

 護衛を雇ってダンジョンに向かってみよう。


「あと、貴方自身にも探索者の素質があると思うよ」

「え、私もですか?」


 先生は丈二を見て言った。

 いったい、丈二の何を見て言ったのだろうか。


「おはぎちゃんの傷。君が治したんだろう? 見事だったよ。鍛錬を続ければ治癒士としてやっていけると思うよ」


 最初の診察の時だ。

 おはぎがケガしていた部分も、先生に診てもらっていた。


 上手く治っていない部分があるのではないか。

 そう不安だったからだ。


 その治療結果は、なかなか良かったらしい。


「そう……ですか」


 自分にそんな才能があったとは。

 丈二は驚いた。


 学生のころに気づけていれば、探索者になっていた未来もあったのかもしれない。

 そうすれば、あんなブラック企業とは無縁の生活を送っていたのだろう。


 ……それでは、おはぎと出会えていないからダメか。

 丈二は今の人生で良かったのだと、あらためて思った。


「まぁ、そんなに気負わなくて大丈夫だと思うよ。おはぎちゃんと自分を信じて行ってみると良い。もちろん、安全第一だよ?」

「分かりました。ありがとうございます」


 おはぎを見る。

 この子を信じて、行ってみよう。


「くるぁーふ」


 おはぎは退屈そうに、あくびをしていた。

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