決戦、ブラックフレア山
飛行機に乗ったことが無かったボクは雲の上の景色を見ることなんて前の世界ではできなかった。
金持ちの友達が家族旅行で飛行機に乗った自慢話を聞きながら悔しさで唇を噛んだ記憶が蘇る。でも、そんな悔しさなどこの爽快さの前では些末なもの。
青空が一面に広がり薄雲の上をボクたちは行く。青き竜・ヒサメの背に乗って。
竜の背には許された者しか乗れないらしい。大きく広い背中に、ボクとバニリンとオイゲンさん三人だけでの空旅。状況が状況ならきっとはしゃいでいた事だろう。
やがて視界にしっかりと入って来たブラックフレア山にボクは息を飲んだ。
黒い岩肌と立ち上る灰色の噴煙。窪んだ山の│
陽光とマグマに照らされた黒く光る全身の鱗と、眼光鋭く瞳は航空障害灯のように光っている。捻れた一対の角は悪魔を連想させる。
地鳴りのような咆哮が山頂から放たれた。
「遅いぞ氷竜! 人間一人連れてくるのに何手間取っている! まさか餌の横取りをしてはいまいな!」
怒りは凄まじい圧となって、突風のようにボクらを揺さぶった。
「あれが、イグニス……」
呟くボクにヒサメが小さく頷き、そしてイグニスに向かって答える。
「今ここに」
騒がしいイグニスに対し、静かに舞い降りるヒサメ。
首を上げ、イグニスと正面にとらえた。
「さあ、巫女。降りなさい」
「は、はい……」
バニリンだけがヒサメから降り、イグニスの前まで歩きだす。
ギラついた赤い瞳でバニリンを舐るように見下ろすイグニスは口角を上げ震わせた。
「お前がお前の里で一番魔力が高い人間、贄か」
「そ、そうです! 私がその……村の人たちは食べないでください!」
バニリンの懇願する姿を見てイグニスはほくそ笑む。
「お前の魔力でオレが満たされたらな……クククッ! さあ、お前の味を確かめてやろう」
大口を開けたイグニス。その瞬間――。
「オラァァァァァ!!」
頭を低くしてヒサメの体の陰に隠れていたオイゲンさんが雄叫びと共に手にした槍を投擲した。それを合図にボクは魔法を練りだし、ヒサメは極寒のブレスを吐いてオイゲンさんの槍を加速させた。
「な、なにぃ!」
驚いたイグニスはヒサメを見て目を見開く。
咄嗟に口を閉ざしたイグニスだったが加速した鉄槍はギリギリの所でその隙間に滑り込んだ。
口に銜えた鉄槍を直ぐに吐き捨てようと首を振ったイグニスに向けボクは手を翳した。
「嘶け! サンダーボルト!」
声と同時に閃光が走る。噴煙の隙間から幾つもの光が漏れ、一瞬にして天から電撃がイグニスに撃ち降ろされた。
竜の外皮にどれだけ魔法が通じるか分からないけど、内側からの攻撃なら通じるだろう。
そう思いつつもバニリンを守る為にヒサメから飛び降り、駆け出す。
「奇襲か、卑劣な人間が考えそうなものだ。だが、奇襲するなら一撃で殺すつもりで来るんだったな!」
イグニスは鉄槍を吐き捨てるとそのまま息を大きく吸い込んだ。
「いけない!」
ボクの背後でヒサメが叫び、思わず足が止まってしまった。
そして、それが過ちだった。
イグニスの口から放たれたのは火炎放射。いや、それは爆炎。爆発が意志を持ったように真っ直ぐボクに向かって。
「うわあああああ!」
「人間の小僧が、巫女を守る勇者気取りをするには早すぎたな! 塵と消えよ!」
咄嗟に避けたが、それも無駄だった。
爆炎の直撃は避けたが爆炎が纏う火の粉や真っ赤に熱せられた塵は革鎧などで防げるものではなかった。
「あっ……うっ……」
「イグニス貴様ァ!」
「氷竜、見ないうちに力をつけたか。その怒りよう、小僧に名でも貰ったか」
何が起きているか分からない。声が出ない。
身体中が痛い。脇腹が熱い。足が熱い。猛烈な爆風によって加速した塵は、まるでショットガンのように体を貫通していったみたい。
遠くでヒサメとイグニスの声が聞こえる。戦っているんだ。
「シノブ! シノブッ!」
バニリンの声が近い。
痛みで目が開けられない。
でも分かる。顔の近くで聞こえる。泣いている。
頬に落ちる涙が冷たい。
「治って! ヒール! 治りなさい!」
回復魔法が体の傷を癒すが、痛みが引かない。
傷が塞がりかけているが、衰弱していた。
(ああ、何が守護者だ。突き落とされて死んで、この世界、アニスに来てまだ間も無いのに)
落胆。ボクはやっぱり頑張っても頑張ってもダメなヤツなんだな。
痛みの中で、身体の力が抜けていくのを感じる。前にも感じたことのある喪失感。死ぬ瞬間の……。
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