第030話 なんで生きてるの!?

◆第三者視点


 ――ガシャーンッ


「くそ、くそ、くそぉおおおおおおおおおっ!!」


 とある一室で暴れて調度品を破壊する金髪碧眼の男がいた。


「なんで!!」


 ――ガシャーンッ


「あの男が!!」


 ――ガシャーンッ


「生きてるんだ!!」


 ――ガシャーンッ


 言葉を発する度に部屋が滅茶苦茶になっていく。部屋に使われている品々は全て超一級品。その損害額は計り知れない。


 そう、その男とはウィルだ。


「おい、一体どういうことなんだ? なんであいつが生きている?」


 ウィルは血走った目で部下を睨みつけた。


「それは……」


 部下はその質問に答えられなかった。


 キョウが船に乗ったのは確認したし、爆発の瞬間まで確かに船の中にいたはずだ。

 それなのに、なぜか生きていた。部下には訳が分からなかった。


「この役立たずが!!」


 ウィルはそんな部下を罵声を浴びせて殴りつける。


「ぐぼぉっ!?」


 部下は吹っ飛んでいって気を失った。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 ウィルは部下の姿を見て少し留飲を下げ、動きを止めた。


「おい、あの手続きを進めておけ」

「はっ。承知しました」


 ウィルは別の部下に指示を出す。


 確かにキョウを殺す計画は失敗した。しかし、キョウが生きていたところで、コレットを縛る根本的な部分を取り除かれたわけじゃない。


 ウィルは、それを思い出して最後に手段に出ることにした。


「こうなったら、もう仕方ないね。コレット……契約書をよく読まずにサインした自分を恨むと良いよ。ふふふふふっ、ふははははっ、あーはっはっはっ」


 いくらキョウでも、同意の上で成した契約に口を挟むことはできない。


 それを使えば、コレットを合法的に手に入れることができるはずだ。それで万事何も問題ない。


 そう思うと、ウィルは笑いがこみ上げてくるのだった。




◆主人公視点


 次の日、俺とコレットはマテリアルギルドにやってきた。


 店内にはお通夜みたいな雰囲気が漂っている。しかも、いつもと比べてやたらと人が多い。俺が何度も依頼を受けている人も結構いる。


「何があったんだろうな?」

「ね?」


 俺とコレットは首を捻り合った。


 ただ、いつまでもこうしていても埒が明かない。


「とにかく、誰かに聞いてみるか」

「そうだね」


 俺たちは近くにいたドワーフみたいな姿の男に話しかけた。


「一体どうしたんだ?」

「ああ、期待の新人が死んじまったんだよ……」


 その男はガックリと肩を落として俺の顔も見ずに答える。


 どうやら誰かが死んでしまったらしい。そりゃあ、こんな暗い雰囲気にもなるか。


「え、マジで? そんな凄い奴が?」

「ああ。船の爆発事故に巻き込まれてぽっくりとな。あいつはこれからとんでもねぇ大物になると思っていたんだが……才能がある奴ほど早く死ぬってのはよくあることだからな」


 男は目を細め、遠くを見ながら語る。


 なんだかどこかで聞いたことがあるような話だな。


「それは残念なことだな」

「ああ。どうやってるのか分からないが、俺の船をいつもピカピカにしてくれてなぁ……」


 俺以外にそんなことを出来るやつは知らないんだけど……まさかな?


「へぇ。ちなみにその新人の名前はなんていうんだ?」

「キョウという。あれだけの技術があれば、もっと金をとってもいいだろうに。あいつは自分から報酬を上げたり、報酬以外受け取ろうとしない良い奴だったんだ」

「ほぅ」


 え、それ、俺じゃん。俺生きてるよ?


「そうそう。そういえば、声がお前に似ているな」


 男は目端に溜まった涙を拭う。


「まぁ、そりゃあ、そうだろうな?」

「あ?」


 肩を竦めて返事をすると、その男はこっちに顔を向けた。そして、俺の顔を捉えた途端、彼の体は硬直してしまった。


「ん?」

「あぁああああああああああああっ!? お前さん、なんで生きてやがるんだ!?」


 その男は首を捻る俺の両腕を掴み、凄まじい大声で叫んだ。

 あまりの声に俺は思わず耳を塞ぐ。


 鼓膜が破れるかと思ったぞ……。


「え? キョウが生きてるだと?」

「ホントだ!! キョウが、キョウがいるぞ!!」

「船が戻ってきてないのに何で生きてるんだ!?」


 辺りが一気に騒がしくなって、俺の周りに人が集まりだす。


 どうやら、ここにきている人たちは俺が死んだと思って集まってくれた人達らしい。なんだか申し訳ない気がしてきた。


 ひとまずコレットが巻き込まれないように、少し距離をとってバリアを張っておく。


「まぁ、運よくな」

「はぁぁぁぁぁぁ……」


 俺が苦笑いを浮かべると、ドワーフのような男、ゲンゾは俺から手を離して、心の底から安堵したようにため息を吐いた。


「お前さんが死んだと聞いて本当にびっくりしたぞ。幽霊じゃねえだろうな?」


 疲れきった顔でゲンゾは呟く。


「俺がそう簡単に死んでたまるかっての」

「生きているのならそれでいい。本当に無事でよかった!!」


 俺がニヤリと口角を吊り上げると、ゲンゾは嬉しそうにその厳つい顔を歪めた。


「お前がこのくれぇで死ぬわけがねぇって信じてたぜ!!」

「俺もだ!!」

「俺も俺も!!」


 ゲンゾの言葉を皮切りに、さっきの沈んだ空気が一転、お祭り騒ぎのような雰囲気へと変わる。


「よーし、野郎ども!! キョウの無事を祝って飲みに行くぞ!!」

『おおぉおおおおおおっ!!』


 ゲンゾが皆の音頭を取り、周りにいた奴らが俺の両腕を掴んで、マテリアルギルドの外に連れて行こうとした。

 

「あんたたち、ちょっと待ちなさい!!」


 勿論そのまま行けるわけもなく、聞き覚えのある声が俺たちを引き留められる。


「本当にこのまま飲みにいけると思ってるの!!」


 コレットは両手を腰に当ててプリプリとした態度で責める。


「いやぁ、それは……なぁ」

「お、俺に振るなよ」

「俺だって知らねぇよ」


 俺の周りにいた奴らは小さくなってこそこそと責任を押し付け始めた。


「シャーラップ!! いいからキョウを置いて、あんたたちはさっさと帰りなさい!!」

『イエス、マム!!』


 そんな彼らを、アメリアは有無を言わさぬ態度で黙らせて、出口を指し示す。彼らは敬礼をして一糸乱れぬ動きでマテリアルギルドから去っていった。


「はぁ……全くしょうがない人たちね……」


 その背中を見送りながらアメリアはため息を吐いて俺の方を向く。


「それで? どういうことなのかしら?」

「いやぁ……なんといいますか……」


 鋭い眼光に睨みつけられてタジタジになってしまう俺。


 アメリアは結構信頼してるけど、どうしたものか。


 俺はコレットに助けを求める。


「アメリア、個室に行こうよ」


 俺の意図を組んだコレットが、アメリアを窘めるように言ってくれた。


「ん、それもそうね」


 ふぅ……助かった。


「ちゃんと話は聞かせてもらいますからね?」

「はっ!! イエス、マム!!」


 俺が安心して深いため息を吐いた時にじろりと睨みつけてきたアメリア。


 俺のために集まってくれた人たちと同じように、思わず敬礼してしまっていた。

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