第031話 悪あがき

「それで? どういうこと?」


 ソファに腰を下ろすと、アメリアが口を開く。


「それなんだけど……」


 俺がコレットの方に視線を送ると、彼女はコクリと頷いた。


「俺って実はこういうことができるんだよね。テレポート」


 俺は指をパチンと鳴らして魔法を唱える。


 テレポートはマッピングした地図の任意の場所に一瞬で移動することができる魔法。俺はアメリアのすぐ後ろに転移した。


「え?」


 アメリアは俺が突然消えたことが理解できずに呆然とした声を漏らす。コレットも顎は外れそうなくらい口を開いて驚いていた。


 見せたことがなかったから驚くのも当然だ。


「こっちだよ、こっち」

「い、いつの間に移動したの?」


 俺が後ろから肩を叩くと、アメリアは振り返って唖然としたまま俺に尋ねる。


「俺は魔法が使えるんだよ」

「魔法っておとぎ話の?」


 俺がコレットに見せた様に人差し指の上に小さな炎を灯しながら説明をすると、アメリアもコレットと同じように首を傾げた。


「そう。俺はその魔法を使って船からここまでワープしてきたのさ」

「信じられない……ていうのは簡単だけど、出入管理局があなたが戻ってきているのを確認できていない以上、特別な力を持っていると考えるのが妥当よね」


 ただ、アメリアはコレットと違い、状況を鑑みて、俺になんらかの力があることを認めた。


 ギルドの受付嬢なんて仕事をしているから、合理的な考え方になったのかもしれない。


「話が速くて助かる」

「ということは、今までの依頼も魔法を使って達成していたってことね?」

「ご名答」

「なるほどね。あなたがあんなスピードで依頼をこなせる理由が分かったわ」


 アメリアは俺の魔法をことを知ると、むしろ腑に落ちた顔になった。コレット以上に毎日俺の理不尽さを実感していたのは彼女だからな。


「あなたが生きている理由は分かったわ。それで、なんであの依頼の船が爆発したの?」

「あの依頼はな。ウィルの罠だったんだ」

「「え!?」」


 アメリアの質問に答えると、二人とも目を見開いた。


「あれは俺を殺すためだけに出された依頼だった。色んな人からの指名依頼が増えている俺なら、他から指名が来てもおかしくない。その隙を狙われた。俺はまんまと受けて、自分から敵の腹の中に入っていったわけだ。ウィルはさぞ面白かっただろうよ」

「ごめんなさい。ギルドがちゃんと精査しなかったから……」


 俺がうんざりするように話すと、アメリアが申し訳なさそうに俯いた。


「いや、気にしないでくれ。見分けるのは難しかったさ。それに俺はこうして生きている。何も問題ないよ」

「そう言ってくれると心が軽くなるわ。それじゃあ、ウィルはなんであなたを殺そうとしたの? なんとなく想像はつくけど」


 俺の返事を聞いたアメリアはホッとした表情になると、コレットの方を見ながら質問を続ける。


「あいつは、コレットの近くに男がいるのが許せなかったんだよ」

「なるほどね」

「やっぱり、そうだったんだ……」


 質問に答えると、二人とも納得するように頷いた。


「コレットも知っていたのか?」

「ウィル兄が何をしたかは知らない。でも、昔から私の周りには男の子がいなかった。知り合った子もすぐに何処かに行ってしまったんだよね」


 意外に思って聞いてみると、おかしいとは思っていたらしい。


「あいつならやりそうだな」


 俺はコレットの話を聞いて納得した。


「それで、どうするつもりなの?」

「正直、俺自身を狙ってくる分にはどうとでもできる。だから、まずはコレットの借金を全部返して関係を清算する。そして、あいつが今後コレットに手出しできないようにする」


 暗に聞いてくるアメリアに、今後の方針を告げる。

 俺には爆発だろうが、なんだろうが効かないから怖くも何ともない。でも、コレットはそうはいかない。だからウィルを、コレットを諦めざるを得ない状況に追い込む必要がある。 


「どうやって?」

「それは色々考えてるから任せておいてくれ」


 ただ、まだその中身は完全には煮詰まっていなかった。


「はぁ……分かったわ。私はコレットの味方だもの。何かあったら協力するわよ」

「おう、宜しく頼む」


 そんな俺を呆れるような目で見ながらも、約束してくれるアメリア。

 コレットは良い友人を持ったと思う。


「二人ともごめんね。私のせいで」


 一方でコレットはしょんぼりと俺たちに頭を下げた。


「違うでしょ? こういう時はなんていうの?」

「そうだね。ありがとう、二人とも」


 アメリアがコレットの頭を上げさせると、コレットは笑顔を咲かせた。


「このくらい気にするな。コレットは命の恩人だからな」

「水臭いわね。幼馴染でしょ。こういう時くらい頼ってよね」

「あはははっ。ホントにありがとね」


 俺たちの間に和やかな雰囲気が流れた。


 ――バンッ


 しかし、その雰囲気を壊すようにけたたましい音ともに扉が開く。


「やぁやぁ、皆さん、お集まりで」

「今ここは使用中よ。誰の断りを得て入ってきたのかしら?」


 入室してきたのは件のウィル当人だった。


「はははっ。追い出そうとしなくてもすぐに出ていくよ。ちょっとコレットに言いたいことがあって来ただけだからね」


 ウィルはアメリアの言葉を意に介すことなく、高らかに笑いながら返事をした。


「わ、私に?」

「そうだよ」


 怯えるように尋ねるコレットに、ウィルがニンマリとした笑みを浮かべて顔を向ける。


「一体なんなのよ」

「それはね。君の借金が三億ユラになっていることを教えに来たのさ」


 コレットの代わりにアメリアが促すと、ウィルは驚愕の内容を口にした。


「え!?」


 その言葉を聞いたコレットは言葉を失った。


 コレットの借金は残り四千万ユラで、箱の代金で返済して千五百万ユラくらいにはなっていたはずだ。


 それが何故か十倍以上に膨れ上がっている。おかしいにもほどがある。


「そして、返済期限は三日。それまでに返せなかったら、君のすべては僕の物。せいぜい頑張ってみなよ。あははははっ」


 しかも、返済期限がたったの三日。


 ツッコミどころしかない。


 しかし、ウィルは俺たちが何かを言う前に部屋から去っていってしまった。


「「「……」」」


 室内に沈黙の帳が降りた。

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