大嫌いな音楽
守株
大嫌いな音楽
その帰りは大嫌いな音楽を聴いた。
もちろん聴きたくて聴いたわけでは無い。
類を見ないほどに自由な、この音楽という世界において自らに苦渋を強いる事は側から見れば相当異常だろう。
だが自由だからこそ、この自傷行為を止めるような人はいなかった。
そもそも、イヤホンが作り出すこの"自由な世界"に足を踏み入れる事のできる人間などいるはずもないのだが、ふとそんな事を考えてしまう位に自分でも異常だと思った。
ふいに空気と物体が擦れる音がして、目の前に黄色い線を携えた電車が止まった。
都内の某駅、二番線ホーム。
心の中で、また四月に、と半分願望が入り混じった思いを呟いて電車に乗り込んだ。
これで、二回目。
イヤホンが奏でる大嫌いな音楽は、かつての大好きな世界だ。
そして一年前、大学受験に失敗した時に頭の中で流れたのはその音楽だった。
音楽に罪はない。
だがどうしても、その音楽が流れる度に、パソコンのスクリーンに映し出された「不合格」の三文字が頭をよぎるようになってしまった。
受験会場に向かう電車の中でシャッフル機能が選び出したこの曲は、嫌な思い出を呼び起こす為の栞となった。
それから一年間、この音楽を聴くことはなかった。
そして、必死に勉強した。
秋になって、ようやっとペンの先で紙にあけた小さな穴から漏れる程度ではあるが、希望の光が差し込むくらいには成長した。
しかし、時間が足りなかった。恐らく、合格する確率の方が低い。
自分の中では、持てる力を全て出し切ったと思っているが、その力で容易に破れる程度の壁ではないことも承知している。
気づいているのだ。
自分の小ささに。
自分の情け無さに。
自分の弱さに。
その弱さが、こうして嫌いな音楽を奏でているのだ。
もう、嫌いな音楽を増やしたくないと、願っているのだ。
その音楽が思い出になるか、傷跡になるかは、一週間後に分かる。
それまではもう少し、この大嫌いな世界で生きていたい。
そう願うと、電車は揺れた。
二度目の冬と、大嫌いな音楽を乗せて。
大嫌いな音楽 守株 @D4y10826
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