ーーー十年前。


少しずつ冬から春に変わり始めている、風が暖かくて心地いい三月の事だった。


「四人揃って旅行なんて何年ぶりかな。皆それぞれ忙しかったからね。」


「そうね。でもサトルがうちの会社に勤め始めたらますますこうやって四人揃っての時間は取りづらくなるんじゃないかしら?」


ボクの家は父さん、母さん、姉さん、ボクの四人家族だった。


ボクが物心ついた時からおじいちゃんやおばあちゃんという存在はいなかった。小さい頃二人共早くに病気で亡くなったと聞かされていた。


うちは自宅の離れを会社として使っていたから父さんも母さんもすぐ近くにいてくれた。そのおかげでおじいちゃんやおばあちゃんがいないからって寂しい想いをした事は無い。


「じゃあ、出発するね!」


大学を無事に卒業しボクは将来的に父さんの会社を継ぐためにこの春から実務を学び始める事になっていた。四月に勤め始める前にいい区切りとしてこの日は馴染みの温泉宿に家族皆で泊まりに行く事になっていたんだ。


運転はボク。助手席に姉さんが座り後部座席には父さんと母さんが座っていた。


ボクの家は山の中にあるからどこに行くにも山道特有のぐねぐねした道を通っていかなければならない。


高校を卒業してすぐに免許は取ったものの都会の大学生活ではほとんど車に乗る事は無かった。


「サトル、車の運転久しぶりなんでしょ?ゆっくりでいいから、安全運転で頼むわね。」


出発してすぐに後ろから心配症の母さんに話しかけられた。


「母さん、大丈夫だよ。それは充分自覚しているからね。これからはこっちに戻ってきてこの山道を車で通る事も多くなるだろうし、徐々に慣れていかないととは思ってるよ。」


そんな事を話しながら頭では温泉宿について考えていた。久しぶりに貸切の露天風呂に入れるな。あそこは夕飯にいつも新鮮な魚介類をふんだんに使った料理を用意してくれる。楽しみだな・・・?あれ?


山道を下っている最中、急に車のブレーキが効かなくなっている事に気付いた。


「え・・・父さん、母さん、まずい・・・なんか、ブレーキが効かないんだけど!」


「そんな馬鹿な。冗談もほどほどに」


「冗談なんかじゃないって!」


ボクが強く話を遮った事で家族はすぐに最悪の状況を理解してくれた。


「え、待って、本当に!?どうしよう!?」


助手席の姉さんはボクが何度もブレーキを踏んでいるのを見つめて混乱し始めていた。


今は緩やかなカーブばかりだからなんとかなるけど・・・もう少し行った先には・・・。

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